文=パンフマン
オーストラリアの歴史ある競馬レース「メルボルン・カップ」で、女性騎手として初めて優勝したミシェル・ペインを描いたのが今回紹介する『ライド・ライク・ア・ガール』。昨年7月に劇場公開され、現在は各種配信サービスやレンタルで鑑賞が可能である。
10人兄弟の末っ子に生まれ、母親を幼い時に失くし、父親一人の手で育てられる。父が馬の調教師であったこともあり、競馬が身近に育った環境にあった彼女は自然と騎手を目指すようになり、栄冠をつかむ。「メルボルン・カップ」は1861年に創設されたオーストラリア競馬界最高峰のレースでありながら、初の女性騎手による優勝が2015年なので、それまでに約150年かかった事になる。事実、競馬界に築かれていたのは男性社会であり、出場の機会に恵まれなかったり、彼女の前に多くの壁が立ちはだかるのが、全編にわたり重苦しくなく、トーンも一貫して明るく、ラストまで爽やかな作品に仕上がっている。
その中で珍しいと感じたのが、作品の冒頭で彼女本人のフッテージが使われているところ。というのも、近年の実話が映画化された作品ではエンドロール直前にモデルとなった人物の写真が本人登場と言わんばかりに映し出されることが多い気がしていたからだ。関連して、兄の一人であるスティーヴィを本人が演じており、終始家族の中に溶け込んだナチュラルな感じの演出にも驚いた。
「実話に基づく(based on a true story)」映画が最近は増えてきているような印象を持っており、前回のPATU REVIEWで紹介した『キング・オブ・シーヴズ』(記事はこちら)は実際にあった事件が題材で、4度も映像化されているというし、2010年代でイーストウッドは7つ、ロバート・ゼメキスは4つも実話を元にした作品でメガホンを撮っている。初の有人宇宙飛行計画を陰で支えたNASAの黒人女性を描いた『ドリーム(Hidden Figures)』、エルトン・ジョンやフレディー・マーキュリーの伝記映画も記憶に新しいし、他にも無数に思い浮かぶが、どのくらいの作品があるのかを確かめるために映画に関するデータサイトThe Numbersにアクセスしてみた。
ここでは「Based on Real Life Events Movie(実際の出来事に基づいた映画)」という区分で調べることができた。各年ごとに作品が掲載されており、最古は1918年でジガ・ヴェルトフ監督のロシア・十月革命を扱ったドキュメンタリー『Anniversary of the Revolution』となっており、今年2021年まで一応網羅されているようだ。作品数は1918年以降一桁の本数で推移していたが、1981年でようやく二桁の10本に達し、その中で『炎のランナー』が最も興行収入を上げている。三桁の103本に達したのは2004年でこの年の最大のヒットはマイケル・ムーアの『華氏911』で、昨年2020年にはなんと694本にまで増加している。とは言っても半数以上をドキュメンタリーが占めているのだが、それでも実話が元になった劇映画も増えているのは間違いないようだ。(こちらのページで見られるのだが、基準がよく分からない点もある。これが実話に基づいたものだったとは!という作品もあり、クイズにしたら面白そう。)
その理由は様々な要因が考えられるものの、今回は文字数の都合上割愛するが、実際の出来事をわざわざ映画にするなんて、という時代が長かったのではないだろうか。何かを「映画みたいだね」と例える表現はファンタジーとしての映画が主流だった頃に生まれたものであり、今はもう「それ、映画になりそうだね」というのが正しい時代なっているかもしれない。実際に起こった話を映画にするメリットとしては映画化されるまでは知らなかった事実もあり、今年公開されたインド映画『ミッション・マンガル 崖っぷちチームの火星打ち上げ計画』もその一つだ。
一口に実話映画と言っても、事件や出来事を描いた『キング・オブ・シーヴズ』や『THE CAVE サッカー少年救出までの18日間』などのほか身近で「本当にあった話」とするにはスケールが大きすぎる『クレオパトラ』や『バトル・オーシャン 海上決戦』のような歴史映画もThe Numbersでは一緒くたにされているが、『ライド・ライク・ア・ガール』は一人の人間を描いた伝記映画(biopic)に属するものである。
伝記映画は誰かが生きた何十万時間を無理やり2時間弱に圧縮した非常に暴力的なものとも言えなくないが、その中で選ばれたのがあの瞬間やこの瞬間で、何気ない描写ではあるもののその人にとっては愛おしい時間だったのかと思うと何だか泣けてくる。
ミシェルの一家が皆で救急車に乗っているのは大変ユーモラスなシーンだが、彼女の自伝「Life As I Know It: Now a major film ‘Ride Like a Girl’」によると本当だったみたい。同じオーストラリア繋がりで、ジョージ・ミラーの救急車エピソードが登場する『マッドマックス』を関連パンフの1冊に選んでみた。他に救急車といえばメキシコシティで私営救急隊をビジネスにする一家の姿をとらえたドキュメンタリー『ミッドナイト・ファミリー』が1月16日から公開されているので必見!
最後に本作をピックアップした理由の一つが、パンフ(劇場プログラム)が作られなかったため。パンフが作られてないとなると、ガッカリすることも少なくないのだが、そんな時の楽しみ方として、作られてないパンフを勝手に考える「妄想パンフ」がある。昨年、東京国際映画祭の作品レビューと一緒にPATUメンバーが紹介している。(記事はこちら)
本作では競馬に詳しくない人のための解説テキストや『馬映画100選』の著者・旋丸巴さんによる寄稿や監督・キャストのインタビューほかミシェル本人の映画を見た感想も掲載されたパンフがあったらいい、と勝手に妄想。
作品情報
『ライド・ライク・ア・ガール』
監督:レイチェル・グリフィス
出演:テリーサ・パーマー、サム・ニール他
2019年/オーストラリア
Ride Like A Girl
関連パンフ情報
紹介者=パンフマン
『マッドマックス』(1979) オーストラリア、救急車つながりで。
20ページ・A4定型
【奥付情報】
編集・発行:ワーナー・ブラザーズ株式会社/松竹株式会社事業部
定価:300円
#マッドマックス(1979)
メル・ギブソンのアイドル映画にも思えなくないシリーズ一作目。もう一度、爆音上映で観たい。パンフには監督ジョージ・ミラーが医学生だった頃のエピソードのほか、漫画家・永井豪さんの絵と文も掲載! #PATUREVIEW pic.twitter.com/BFoTg89X9p— パンフマン/Pamph-Man (@pamphman) January 31, 2021
『シービスケット』(2004) 競馬映画つながりで。
28ページ・A4定型
【奥付情報】
発行日:2004年124日
発行者:藤原正道
発行所:東宝(株)出版・商品事業室
発行権者:ユナイテッド・インターナショナル・ピクチャーズ
編集:(株)東宝ステラ
レイアウト:(株)TCF
印刷:成旺印刷(株)
定価:本体600円(税込)
#シービスケット(2004)
オーソドックスな作りのパンフに見えるけど、5人もの人が寄稿。専門性がある競馬エッセイストや当時のアメリカの時代背景に触れた大場正明さんによる文章、さらに地図や年表に加えて、モデルとなった馬の写真もあって資料性も抜群! #PATUREVIEW pic.twitter.com/cy1bYYQ8lL— パンフマン/Pamph-Man (@pamphman) January 31, 2021
『X-ミッション』(2016) 主演テリーサ・パーマーつながり。
32ページ・B5変形
【奥付情報】
発行日:2016年2月20日
発行承認:ワーナー・ブラザーズ映画
編集・発行:松竹株式会社事業部
編集:広瀬友介
デザイン:有吉 美佐子
印刷:日商印刷(株)
本体価格:720円(税込)
#Xーミッション(2016)#ハートブルー のリメイクというにはあまりにも理解が追いつかず一部で電波系とも言われた怪作。「オザキ8」とは一体何なのか。パンフを読めば少しはわかる?。監督インタビューによると続編があれば日本でとのこと。リップサービスではなく実現してほしかった! #PATUREVIEW pic.twitter.com/YWUngkgw3d
— パンフマン/Pamph-Man (@pamphman) January 31, 2021