映画パンフは宇宙だ!

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【第3回 映画パンフの作り手に聞いてみた 後編】大島依提亜さん×ナナロク社 村井光男さん

(前編に引き続き、お届けします。)

※一部、映画の内容に触れる記述が含まれます。あらかじめご了承ください。

取材・文・写真:鈴木隆子(映画パンフは宇宙だ!)

こだわり抜いた「紙」、そしてタイトルロゴ

――後編は、このパンフレットのディテールについてひとつひとつ伺っていきたいと思います! 早速表紙ですが、群青色のパール紙がすごくきれいですよね。なかなか見ない、ちょっと珍しい色です。

大島:最初に、タイトルにある「ムーンライト」ってどういう色なんだろう? って考えたときに、すごい深い群青色っていうイメージがあって。映画の中でも、真っ暗ではない、深い青みたいな色が象徴的に出てくるし。
あとは、先程もお話した、上製本はパンフレットとして前例がないわけじゃないんで、「映画のパンフレットで上製本ってすごいでしょ!」っていう顔をしちゃうとダメだという考えから、上製本は当たり前として、それをもう一歩、二歩超えてさらにこんな紙使っちゃうよって。まあ、一般の書籍でもこういう紙を使うことはあまりないんだけど。

村井:ないですね。

大島:パンフレットとしての考え方じゃない、本としてのグレード感を普通として考えたものが出せたらいいなって。そうは言っても、結構高い紙ですよね。

村井:「キュリアスメタル」という紙の「インク」っていう色で、けっこう高い紙です。

大島:しかもバリバリの輸入紙です。いやー、これはいい紙ですよ。

――より貴重な本に思えてきました。

大島:でもゴージャスにしたかったというわけではなくて、「普通の本なんですよ」っていう演出のための、ゴージャスな紙を使っているっていう、ちょっと変な話。

村井:また、タイトルの箔押し(金や銀などの箔をプレス機を使って熱で圧着させる特殊印刷)がいいですよね。パンフレットってよく表紙にタイトルを箔押ししているものが多いですけど、こういう白インクの箔押しをしてるパンフレットはあまりみませんね。

大島:どうせコストをかけるならって、金とか銀とかホログラムとかを使って「ちゃんと箔押ししてるぞ!」というのを見せちゃうんですよ。大作だと結構当たり前に使われていたりしますけどね。

――たしかに、箔押しというと、金や銀のイメージがあります。

大島:今回は「顔料泊」という色箔を使っているんです。パンフレットを「本」という視点で考えればいいんだとなると、映画のパンフレットに取り入れると面白い部分って、よくよく考えたら沢山あるなと思って。映画の仕事しかしてないと、やっぱり箔押しは特別感があるから金とかをバーンって使っちゃうけど、本の装丁の仕事では普段選択する印刷方法の一つなので、気持ち的にも箔押しを余裕で使えるっていうのもあって。

――しかも、タイトルは大島さんの手書き文字なんですよね。

大島:僕は本当に字がへたで、自分の字を使う日が来ようとはと思っていなかったです。作字するにしてもいつもPCの中で完結させていたので、僕の心の師匠である、80年代の洋画のロゴやポスターデザインをやっていた檜垣紀六ひがききろくさんとか、北野武監督作品の映画や、大河ドラマなどのタイトルデザインをされている赤松陽構造あかまつひこぞうさんに必ず「大島くん、タイトルは手書きで書かないとだめだよ」って言われ続けていて。
だから密かに練習というか研究はして、へたはへたなりに、使える文字できないかなってやってたんですけど、いつもうまくいかなかったり、スルーされちゃったりとかして、結構ショボンみたいな感じで。でも今回、普通のイタリックとかも合わせていくつかのパターンを提案したんですけど、宣伝チームの皆さんがこの手書きの書体がいいですって言ってくれて、実はむっちゃ嬉しくて(笑)。なんでこれ選んだんですか? 逆に聞きたいですよ。

宣伝スタッフ:今回は特に若いオシャレ女子に反応してほしいなという思いがあったので、社内の女性にも沢山意見を聞いたのですが、手書き文字がすごいかわいいよねって、満場一致だったんです。

大島:今まで文字を書くたびにドン引きされていた人間の字がかわいいって言われるんですよ。めっちゃ嬉しいですね。

宣伝スタッフ:あと、メインビジュアルに載せるタイトルで使用した黄色との相性もよくて。


©︎2021 映画「ムーンライト・シャドウ」製作委員会

大島:いわゆる手書き風な、グザヴィエ・ドラン監督作品で使われているようなものとか、邦画でも最近だと『ヤクザと家族 The Family』(2021)でも使われているようなイタリック体ってあるじゃないですか。そういうのも候補に入れてたんですけど、候補出ししたタイミングが「こういう書体使いすぎじゃね?」って、SNSでめちゃめちゃ言われてる時期で。それから自分もその書体を使うのは恥ずかしいってなってきちゃって、それ以降全然使ってなくて。かなりいじられてたから、もうだめだって。

――そんなに言われてしまうと、使いにくくなってしまいますね…。

大島:でも活字だと冷たい感じがするし、温かみを出すのに別のものができないかなと思って、それで自分の手書きでやってみようかなってなったんですよ。

――アナログ感があって、ポスターに入れても、パンフレットの表紙に入れてもはまりますね。

大島:これで調子にのっちゃうかも。

――次はどんな文字を見せていただけるのか楽しみです(笑)。

村井:あと、表紙で本当にすごいのは帯なんですよね。通常、パンフレットには帯がないものがほとんどなんですが、これは本だから帯があるんです。でも、帯の機能を果たさなくていい帯なんですよね。

――誰かのコメントが載っているわけでもなく。

村井:そうなんですよ、今回のパンフレットじゃないとできない帯だなって。最初はそういった帯の使い方に気づかなくて。だから最初は、出演者の方の写真をバーンと載せたりして、何の作品のパンフレットなのかをある程度わかりやすくしないといけないかな、とか思っていて。

大島:それね、さっき話していたのと同じで、ここでも村井さんと僕の頭の中の構造が如実に出ていて。僕は映画のパンフレットとしての斬新さを考えたうえで、普通の本っぽくしたかったから、むしろコピーとか著名人のコメントとかをガッツリ入れたらいいんじゃないんですか? って言ったんですよ。
要するに、本の宣伝用の帯として使ったほうが、映画館で「本」的なインパクトがあるんじゃないかって言ったら、「いやいや、せっかくだから何も入れないでやりましょうよ。普段の宣伝用の帯として機能していない帯にしたらかっこいいじゃん」って(笑)。入れるなら、タイトルだけでいいんじゃないんですかって。

村井:でも、めちゃくちゃかっこいいですよね、この帯。これを本来の書籍に逆輸入したいなって思ってるんですよね。この帯、何のためにあるの? っていうぐらいの。

大島:いいよね。

――帯の概念が変わるということですね。

大島:なんなら色紙いろがみだけで、文字とかは一切載せないっていうのもかっこいいよね。

――デザインとしてもいいですよね。

大島:服のコーディネートみたいな。

――帯もデザインの一部という、新しい使い方が今後ナナロク社さんから出てくるかもしれないですね(笑)。

村井:書店で大滑りしたら嫌ですけどね。

大島:単に伝わらなかった、みたいな…。

――現実的な…。

大島:「なんだよ、この帯は」って。
でもたまにパンフレットを書店に並べるためにISBNコード(書籍を世界共通で特定するための番号。書店で販売する際に必要)を取って、書店売りするために帯をつけるのは今までないわけではないんだけど、そこには宣伝文句をたくさん載せるんですよね。
だから、本当に劇場だけというのにこだわる村井さんの気概を感じる、この帯は。

村井:でも映画館が本屋だとしたら、8種類ぐらいしか本が置いてなくて、その本にかかわる映像を2時間ぐらい観た状態でみなさんが売り場に来るって、こんな好条件ないなって。

大島:たしかに。

村井:展覧会の図録と同じじゃないですか。

――売り場からしてみると、お客さんが最高の状態に仕上がっていて。

村井:圧倒的に有利な条件で売れるから、ある意味、こういうデザインできるなって思いまして。

――そう考えると、デザインや細かなところにも影響が出てくるんですね。しかも紙にもこだわって、この紙はなんていう紙ですか?

大島:これは「ポルカレイド」という紙で、「メレンゲ」という色です。

村井:装丁家の名久井直子さんと大島さんが開発した紙です。

――大島さんは、紙も開発されてるんですか!?

大島:お手伝いという感じですが。

村井:ピンクとかのチリが入ってるんですよ。それが不良品だと思われないように、一応説明しといたほうがいいんじゃないですかって、宣伝の方にも言われました。

宣伝スタッフ:実際に、劇場さんから問い合わせが入ってしまいました(笑)。

一同:(笑)。

大島:以前この紙をパンフレットの表紙に使ったら、裏表紙のバーコードのところにチリが入って読めなくなったら怖いからって、チリを消すためにオペークインキ(オフセット印刷の特色インキ。不透明な特性がある)の白を3刷りぐらい重ねたことがありました。

縦と横の透かしが入っているのもポイントで、ここがね、文学っぽさを醸し出してるなと。

――上質紙などと比べると、全く印象が違いますね。

大島:今の白い紙って、漂白して本来の白い紙の色よりもっと白くするんですよ。でもこの「メレンゲ」という色は本来ある紙の白に近いんです。

――たしかに、最近見るコピー用紙やノートの紙などと比べると、黄味がかかっているように見えますね。

大島:今の白い紙って白すぎちゃって。写真集とかで写真を適正に再現するときは効果的なんですけど、青白い冷たい感じあるので、紙の地色を活かす時には、結構この紙を選ぶんですよね。

――ということは、中に使用した紙もこだわられたんですね。

大島:中には一般の書籍で使う、書籍用紙というカテゴリの紙を使っています。だから結構生成り色をしてますよね。白すぎると読んでいて目が疲れちゃうから、この紙を選択しました。

大島:写真のところだけ、「b7トラネクスト」という、写真集とかで使われる紙を選んで、写真のまわりのフレームのところだけY(イエロー)を3%ぐらい足して、書籍用紙の色と合わせたんです。

村井:なので、写真の白い部分はより白く見えるんですよ。

大島:最初の口絵以外は、全部同じ紙を使ってますよっていうていになるように。さすがに、生成りの書籍用紙で写真を刷っちゃうと、まあそれも手なんですけど、かなり黄色にひっぱられちゃうので。

――そのこだわりは世に伝えたいですね!!

「本」的なディテールにも注目

――スピン(栞の紐)や花布はなぎれ(上製本の中身の背の上下両端に貼り付けた布)、スリップ(売上カード)なども、手にとった人たちから感激の声があがっていましたね。

大島:映画のパンフレットで上製本のものがあっても、花布やスピンまではつけないんですよ。ページ数が少ないっていうのもあるし、お金かけてまでつけなくてもいいんじゃないかってなるんですけど、こここそ、書籍然とするには、この2つはちゃんとつけたいというのが最初からあって。

――この2つがあることで、本以外のなにものにも見えないですよね。

大島:スリップ(売上カード)、これに関しては、僕は出来上がりまで知らなくて。

――そうだったんですか!

大島:完全に村井さんの仕掛けですよ。これ、すごくいいですよね。

――わざと隠してたんですか?

村井:いや、本をつくるときって、スリップはデザイナーには相談しないんで、その癖で…。だから、本が出来てから「あ、そういえば大島さんに言ってなかったな」って(笑)。これは見てもらってないなって気付いてビビってたんですけど、大島さんが良いって言ってくれて、よかったー安心したっていう感じで。

大島:でもこの本に関してはスリップつける必要全然ないでしょ(笑)。

村井:いや、映画館での管理ってどうやってるのかなって思って、伝票とか必要なのか聞いたら無くても大丈夫とのことだったんで、一旦引っ込めたんですよ。そうしたら、スリップはすごくいいからやりましょうって言ってくれて。

宣伝スタッフ:劇場で取り扱うときに上からはみ出ていると破れたりする可能性があるからちょっと、っていう声もあったんですけど、プロデューサー含め、これは是非活かしたいとなりまして。

大島:これも所変わればで、本屋さんでは当たり前のものを、それが映画館に行っちゃうと、これは破れる可能性があるからまずいって、売り場が変わるだけでそういうことが起きるから、めっちゃ面白いですよね。
これにグッと来たっていう人、多かったですもんね。買った人にしかわからないものだし。しかも、裏に書いてあるこの一文が泣かせますよね。

――どなたが書かれたんですか?

村井:僕ですね。映画館でしか売ってない本、というふうに考えると、この一文はあったほうがいいかなって。

大島:特に今のこの時期だからより心に響きますよね。そういうのも意識されたんですか?

村井:コロナ禍になって、映画館に行くっていう行為が顕在化したんですよ。今まで日常的だったことなのに、特別ものになってしまったので、その気持を込めました。

理想のパンフレット

――今後、どんな映画のパンフレットができるといいなと思いますか?

大島:デザインとかの見た目も重要なんだけど、中身が濃いパンフレットをやりたいですね。中身も伴って、なおかつデザインもいいって、PATUの人は頷いてくれると思うんですけど、そこじゃないですか。もちろん、僕が関わるものだけじゃなくて。パンフレットが作られないというケースも出てきているなかですごく大変だと思うんだけど、中身が充実したものができるといいですよね。
最近、テキストの情報が一番欲しい作品のパンフレットが作られなかった、ということもありましたし。

村井:パンフレットって、映画を観る前は基本的には見ないじゃないですか。そう考えると、パンフレットを買うお客さんって、一番安心していいお客さんなわけですよね。観る前は、劇場に足が遠のくような情報は入れないほうがいいけど、観た後に「なるほどなー!」とか、「そっか、そう見るのか」みたいな、自分の考えと対立するような、ちょっと批判を込めた内容でもいいから、そういう批評や考察が読みたいです。昔はもうちょっと、そういう内容の文章が載っていた気がするんですけど。

大島:褒め一辺倒じゃなくてね。

村井:そういうヒリヒリするようなパンフレットを読みたいなって。

大島:でも、『ラストナイト・イン・ソーホー』(2021)のパンフレットで映画ライターの村山章さんが、そんなに褒め一辺倒じゃなくて、ちょっと批判も込めたことを書いてて、かっこいいなーって。

村井:そうだったんですね! そういうの、もっと全然あってもいいと思うな。

大島:村井さんの話を踏まえてなんですけど、パンフレットって、観終わったあと「面白かったー!」って言って帰りにパンフレットを買うっていうのを、僕は、つまらなかったなと思った映画こそ買ってほしいんですよ。

村井:それは、いい話ですね!

大島:たまに、この映画つまんなかった、無駄な時間だったって、ボロカスに言う人いるじゃないですか。でも映画ってそもそも、時間を無駄にしてもらうところだから(笑)、せっかく無駄にしたんだから、なんで自分はつまんなかったんだろうっていうのを自己探求するためにも、つまらなかった映画のパンフレットをあえて読んでほしい。

村井:そうすると結局、観た映画のパンフレットは全て買えってことですよね。面白かろうが、つまらなかろうが(笑)。

大島:なんで自分は、この作品をつまらないと思ったんだろうっていう、自らを省みるのは決して無駄じゃないと思うんで。

――やってみたいです。自分がその面白さに気づいてなかっただけというケースもあるかもしれないですしね。

大島:そうそう。レビューとか読んで、なるほど、こういう視点もあるのかって。

――それでその作品をもう一度観てみようと思ったり、好きになってしまったりして。

村井:それはギャンブルで負けた人が、負けを取り返すためにもう一回賭けるみたいな、やばいやつですね(笑)。

タッグ再び?

――またお二人が組む可能性っていうのは…。

大島:村井さん、どうですか?

村井:大島さんが考えた末で振ってくださるなら、大島さんの座組は断らないです、基本的には。

大島:今、言説取ったんで(笑)。いや、本当に大変だったと思うんです。スケジュールもギリギリで。でも試みとして、本当に画期的なことができたと思うんで、すごく意義があったなと。

――お二人のタッグ再びとなったら、映画パンフファンにとって嬉しいニュースになると思うので、楽しみにしてます。

大島:ナナロク社さんの本から映画化とかないかな。「玄関の覗き穴から差してくる光のように生まれたはずだ」は、いいですよね!

村井:映画化してほしい!

大島:詩集が映画化するというのもありますもんね。最果タヒさんの「夜空はいつでも最高密度の青色だ」とか。ナナロク社発信で映画化、あったらいいな。

――そうなったら、パンフレットは自動的にお二人がプロデュースすることになりますよね。

村井:そうですね(笑)。

――そうなったら本当に楽しみです。お待ちしています!

第3回 映画パンフの作り手に聞いてみた 前編はこちら!

<PROFILE>
大島依提亜
映画のグラフィックを中心に、展覧会広報物、ブックデザインなどを手がける。主な仕事に、映画『パターソン』『万引き家族』『ミッドサマー』『ジム・ジャームッシュ レトロスペクティブ』『ちょっと思い出しただけ』『チタン』『カモン カモン』、展覧会「谷川俊太郎展」「ムーミン展」、書籍「鳥たち」吉本ばなな「三の隣は五号室」長嶋有「小箱」小川洋子など。

村井光男
1976年東京生まれ。株式会社ナナロク社代表取締役。
2008年にナナロク社を創業。谷川俊太郎詩集『あたしとあなた』、川島小鳥写真集『未来ちゃん』などを刊行。
近刊に森口ぽるぽ『インロック』、島楓果『すべてのものは優しさをもつ』がある。
ナナロク社 公式サイト:http://www.nanarokusha.com

<作品概要>
『ムーンライト・シャドウ』
原作:「ムーンライト・シャドウ」吉本ばなな著(新潮社刊「キッチン」収録作品)
出演:小松菜奈 宮沢氷魚 佐藤緋美 中原ナナ 吉倉あおい 中野誠也 臼田あさ美
監督:エドモンド・ヨウ
脚本:高橋知由
宣伝:S・D・P 配給:エレファントハウス

恋人・等(宮沢氷魚)の突然の死を受け止めることができず、深い哀しみに打ちひしがれるさつき(小松菜奈)は、以前耳にした〈月影現象〉に導かれていく。それは、満月の夜の終わりに死者ともう一度会えるかもしれない、という不思議な現象だった..

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