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これがハリウッド交渉術?~アリ本、脚本採録までの道!-後編-

アリアスター短編読本、脚本採録までの道。後編は、マネジャーとの交渉の大詰め!
のらりくらりと捉えどころのない返事に翻弄され、一喜一憂。待ったなしの入稿日を前に起きた奇跡とは?

事態打開の鍵は、発想の転換にありました。それでは、続きをどうぞ!

※前編はこちらから

「私たちは忍耐力のないアニマル」

NYとロスを往復し、ショービズの世界で百戦錬磨の彼女のアドバイスは値千金でした。

私がこれまでの経緯をひととおり話すと、彼女はまず、対マネジャー向けの交渉として、
「彼はクライアントの利益を常に考える。あなたとあなたの作る本が自分のクライアント(アリ監督)にどんな利益をもたらすかを見ている。だから、イエスともノーともすぐには答えない。メリットを示しなさい。」
と教えてくれました。これにはハッとさせられました。自分たちの好き、情熱を伝えて、それで許可をもらおうだなんて、相手からすれば毒にも薬にもならない、ただ虫が良すぎるだけの話です。

私のほうから提供できることは何か。そのときに考え得る“最大のメリット”を彼女に説明しました。
「それでいきましょう。だから脚本の採録が必要だという流れで。ただし、メールは3行で簡潔に。私たちアメリカ人は忍耐力のないアニマルだから、長いメールは読まないのよ。」
もちろんこれは冗談で、多忙を極めるハリウッド業界人たちにとって、メールするなら一瞥で内容を全て把握できるように書けというのは常識なのでしょう。

彼女は同時に、監督本人にもコンタクトを取るようにと言いました。
「メールだけでなく、Facebook、Twitter、Instagram、LinkedIn。あらゆるSNSを使って連絡をしなさい。」
LinkedInというのは、ビジネスマッチング、専門家を含めた人材探しなどを主な目的とするビジネス特化型のSNS。有料版を使うと、つながりのない人にもダイレクトメッセージを送ることができます。

「もし」と彼女は続けました。
「共通の知り合いがいるなら、その人たちに、とりついでもらえないか頼みなさい。」
アメリカの人たちの素晴らしいと思う点の一つは、人脈に対してオープンなところです。自分の築いたつながりを人に明かすことをためらいません。これは自分だけのつて、他人に使わせたら自分の取り分が減ってしまうじゃないか、などとは考えず、むしろ逆なんですね。積極的に紹介すれば新たな人脈につながるし、循環の輪の中に入ることが結局はプラスになる。もちろん自分の手の内は独占、絶対に明かさない人たちもいます。
「わきまえてはいるだろうけども、ここからは違うステージだから」といった、とりつく島もない態度が透けて見える瞬間、どうしても超えられない壁を感じてしまうこともありました。

マネジャーに“戦略的なメール”をしたため、あらゆるSNSからアリ監督に向けてラブコールを発しました。
奇跡的にもFacebook上で2名、監督との間に共通の知人がいることがわかり、その2名には事情を説明して、私を紹介してくれないかと頼み込みました。

手は尽くした。あとはもう、待つだけ。

さらに返事のない1週間が続きます。友人曰わく、
「ここ(ハリウッド)では誰もが認められたがっている。押せば何とかなると思い、隙があればあるだけ自分を押す人も少なくない。でも、それではダメ。手持ちの札の強さで、どれだけ踏み込んでいいかを見極めなければいけない。今は待つとき。」とのこと。

もうこれ以上は先延ばしできない入稿の日まで5日を切っていました。日本で必死に最後の校正をかけ、デザインの調整をしてくれているメンバーの切羽詰まったやり取りがSlackを埋め尽くしていきます。
マネジャーから返事が来るのは月曜日の朝のことが多く、週明けの月曜日、暇さえあればメールソフトをリロードして新着の知らせを待ちました。お昼過ぎ、ついに返事が!
アドレナリン全開で震える指先が開いたページの文字に、私はひざから崩れ落ちる思いでした。

“Thank you for your hard work!”

これは一体、何?

土壇場の大逆転!必要だったのは発想の転換

終わった、と思いました。
こうして永遠にはぐらかされ続けるのだろう...もう入稿の日は来てしまうし、許可が得られないなら脚本部分は削らなければならない。
この窮地を救うナイスなプランBが出てくる伏線を張っておかなかったお粗末なシナリオ!Z級の絶望です。

私に泣きつかれた友人は冷静でした。
「今までの全てのやり取りを見せて。」
30分後、彼女から勝利の微笑み感じる返信がありました。
「彼はおそらくもうオーケーしているわよ。その先を考えている。念のため冊子のデータを添付して、こう書き送ってみて。『ありがとう。こんなふうになります。もしコメントや要望があったら、印刷所に出す金曜日までに連絡して』とね。もし何も言ってこなかったら、許可が出ていると確信していいわ。」
彼女は、ひと月におよぶもどかしいやり取りのなかに、“潮目”の変わった瞬間を読み取ったようでした。
その思考の仕方に貴重な学びを得た思いです。

プロデューサーとしての意見はわかった。でも、作り手はどう思う?

アカデミーの長編ドキュメンタリー部門にノミネートされた『猫が教えてくれたこと』、ジェイダ・トルン監督とお会いする約束をしていたので、メンバーが送ってくれた冊子の一部サンプルを見せながら、友人のアドバイスをどう思うか、意見を聞いてみました。
「彼女の判断は正しいと思う。素敵な本ね。完成したら一部買いたい。」

はっきりした返事が欲しい気持ちがどこかでありつつ、このまま金曜日まで何もなく過ぎますように...
祈りながら過ごす長い熱い数日。

アメリカ時間で木曜日の夕方、マネジャーから返事が来てしまいました...
怖い怖いと視線をそらすように見た画面には一言、

“This looks cool! Thank you!”

タイミングとしては、日本時間で印刷所へ出すと告げた金曜日の朝にあたります。
あえてこの時間にくださったのでしょう。印刷所へ向かうデータへの手向けの言葉としてありがたくかみしめました。

こうして、メンバーが総動員で苦心惨憺して拾い上げ訳し、それでも埋まらない部分はネイティヴの耳を借りて完成させた脚本は、日の目を見るに至ったのでした。

後輩が語る学生時代のアリ・アスター監督

マネジャーには読本を一部お送りする約束をしていました。
アリ監督にも、ぜひ“直接”受け取っていただきたい。監督とは、まだ連絡をつけられずにいました。

そこで活きたのが、プロモーションのお手伝いをした映画『ローライフ』でのつながりでした。
ライアン・プロウズ監督とプロデューサーのナリネとは一度お会いし、その後もずっと次回作などを伺うやり取りを続けていました。この二人が、Facebook上でアリ監督との共通の知り合いだったのです。
お二人とも仕事で遠方に行っていたらしく、先に返事をくれたナリネに会いに行きました。お薦めの日本食レストランで落ち合い、話を聞いて「こんなラッキーがあるか」と天を仰ぎました。ナリネは、アリ監督と同じ映画学校の出身だったのです。
監督のほうが1年先輩で、専攻も違ったため直接的な接点はあまりなかったとのことですが、学生時代の様子について話してくれました。

「とにかくいい人。いつも静かで、にこやかに話をする人。彼の存在が学校中に知れ渡ったのは、彼が友人たちと在学中に作成した『ジョンソン家の奇妙なこと』がきっかけだった。あれにはみんながいろいろな形でショックを受けた。日ごろ見かける穏やかな姿とその衝撃的な内容との間にギャップがあったからかもしれない。作品はみるみる広まって、みんな顔を合わせると「あれ観た?」と噂しあった。いくつかの小さな映画祭に出品されたのは当然のことだと思ったけれど、そこから『ヘレディタリー』、『ミッドサマー』へのジャンプ力が凄かった。あれだけの才能を秘めた人だったとは、誰にも想像できなかった。」

ナリネはその場で、アリ監督に私を紹介するメールを書いてくれ、私も一言書き添えました。

さあ、お返事はいただけるのか!

ナリネが「いい人」を何度も繰り返した理由がわかりました。実はこのとき仕事で別の州にいたアリ監督ですが、すぐにお返事をくださいました。

「ありがとう。それで、僕はどんなふうに助けられるかな?」
マネジャーとのやり取りを説明し、読本を差し上げたいとお伝えしました。

※プロデューサーのナリネと1枚

街が秒速で閉じていく

いまもなお猛威を振るい、全世界を混乱に陥れている新型コロナウイルス。
その影が、アメリカにも忍び寄っていました。
「どうせインフルエンザみたいものなんだろ?若い俺たちがかかっても寝込むだけだし、大したことはない。老人は気をつけなければならないだろうけど」と笑いながら話していた友人たちも事の重大さに気がつき始めていました。アメリカの決断は早く、昼にアナウンスされたことが夕方や夜には実行されていきました。

ある夜、アークライトシネマハリウッドに映画を観に行ったときのこと。
『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』にも出てきた70mmフィルムを上映できるシネラマドームを備えた映画館です。

すでに各映画館では「座席の一列あけ」と、「座席購入時に隣の人と距離をとるようにする」対策が実施されていました。7時半の回に入る前に、スタッフの人と「映画館、まだ閉まらないですよね」「そうだね、まだ大丈夫だと思うけど、わからないな」などと話をしていたのが、観終わって2時間後、「きょうの深夜0時をもって全ての映画館は営業を停止する」という知事命令が下っていました。
そこから変化のスピードはさらに加速していきました。身動きもできないうちに周囲を壁で遮断されていく感覚を覚えました。日用品の買い物と犬の散歩、健康維持のための運動以外はStay homeしろ。

カナダとの国境閉鎖が決まりました。サンフランシスコがロックダウンとなり、ロスも程なくして同じ道をたどることは目に見えていました。予定を変えて帰国しなければならないタイミングに来ていました。

※平日でもたくさんの人であふれかえるサンタモニカピアーも閉鎖されて...(許可を得て撮影をしています)

ジェイダ監督にも読本を渡す約束をしていましたので、人を避け、朝早く、オープンしたてのファーマーズマーケットでお会いしました。完成品を手にしたジェイダ監督、
「わあ、素晴らしい。私の作品にも作ってもらいたい...こんな本を作ってもらって、アリは幸せなはず!」
互いの安全を祈り、このころから流行はじめていたハグや握手代わりの“肘タッチ”を交わしたあと、ジェイダ監督はフレッシュな野菜を自転車に積んで颯爽と帰っていきました。とてもチャーミングで気さくな監督さんです。

※読本とパシャリ

外出規制はますます厳しくなり、私たちも帰国を決断しました。

アリ監督からその後お返事がいただけていないことだけが気がかりでしたが、ナリネも次にプロデュースするホラー映画の撮影スケジュールがほぼ白紙になったと頭を抱えていましたから、それどころではないことは承知していました。

搭乗して1時間ほどたったとき、アリ監督からのメールが飛び込んできました。
「今戻ったところだ。ひどい1週間だった。返事が遅れてしまって本当に申しわけない。○日までは家にいる予定だよ。」
タッチの差!もう1日、帰国を延ばしていたら...いや、それは良い考えとは言えません。
出国の朝、最後まで営業を続けていたアメーバレコードとラストブックストアもついに一時閉店となりました。
これ以上の滞在は、友人たちに余計な心配と負担をかけかねない状況でした。
アリ監督には、帰国してすぐに感謝の意を伝える手紙とともに読本をお送りしました。

読本を受け取ってくださったアリ監督からは、謝辞にあふれる温かいメッセージが届きました。
その内容については、申しわけありません、本業の合間をすべて注いでつくりあげてくれたメンバーのなかだけで分かち合いたいと思います。

WE HOPE THAT PEOPLE WILL FEEL SETTLED!!

ほかにもさまざまな山があり谷があって誕生したアリアスター短編読本。
72ページほどの小さな冊子ですが、完成までにこんなにも手間と時間がかかることにあらためて驚かされました。

とりわけ校正担当とデザイン担当さま、さんざん胃を痛めつけてしまってごめんなさい。企画リーダーとは名ばかり、好き勝手を言い無理難題を押しつけても「いいものが作りたい」とひたすらに支えてくださったメンバーには感謝しかありません。

多くのメンバーとは初めての共同作業になりましたが、「そんな能力を 隠し持っていたのか...!」とうれしい気づきも多々あり、自信を持って「映画パンフは宇宙だ」のこの先の企画にもご注目ください、と言い切って、このよもやま話の幕としたいと思います。

あっ、最後にひとつ!ほかには考えられないと評判の読本タイトル、

『"I HOPETHAT PEOPLE WILL FEEL UNSETTLED.”(みんなが不安になってくれるといいな)』

これは、何を言っても受けとめてくれる懐深い高城主宰の発案です。

世界がここまでひどい状況に陥ってしまうなんて、本企画を始めたときには思いもよりませんでした。
先の見えない日々がいましばらく続くかもしれません。
それでも何か好きなものやことがまわりにあるだけで、なぐさめになることもあるでしょう。

この読本が一人でも多くのアリ・アスター監督ファンに届き、それぞれが監督の次の作品に思いを馳せる材料となれたなら、企画者としてこれほどうれしいことはありません。

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