文=小島ともみ
昨年、配信が始まったスターウォーズのスピンオフドラマ『マンダロリアン』。シリーズ本編では妖怪子泣きじじい然としたヨーダが、つぶらな瞳のベビー姿で登場するファーストショットが世界中のスターウォーズファンの心を鷲掴みにし、またたくまに話題となった。現在セカンドシーズンまで公開されている『マンダロリアン』については、これから観る方もおられるだろうから内容にかんして詳しくふれるのはやめておくが、一言でいえば「子連れ狼」である。これは妄想でもこじつけでもない。げんに製作総指揮を務めたジョン・ファブローがインタビューで「名作時代劇映画『子連れ狼』を参考にした」と明言しているのだ。海外における東宝映画版『子連れ狼』の評判と影響にかんしては、映画パンフは宇宙だ!発行の「子連れ狼わくわく大図鑑」で書いた第2作目「三途の川の乳母車」の解説文のなかで少しだけ紹介している。「あの作品もそうだったのか」という数と時代の多岐にわたること!「子連れ狼」の第1作「子を貸し腕貸したてまつる」が公開されたのは1972年であることをかんがみれば、今から50年近くも前(なんと半世紀前だ)の、極東日本とごく限られた地域の作品がカサヴェテス、タランティーノといった名だたる監督たちに愛され、彼らの作品のなかに取り込まれていったのはすごいことではないだろうか。
などと知ったふうに書いてみたが、私の「子連れ狼」にまつわる記憶は「ちゃーん」という大五郎の台詞と萬屋錦之介演じるやや人相の悪い拝一刀が出てくるテレビドラマ版に基づいている。映画パンフは宇宙だ!の企画会議で、メンバーの林田学秋から「どうしても『子連れ狼』をやりたい」と手が挙がったときには、正直なところ「なぜ?」だった。じつはこのときに初めて若山富三郎演じる映画版があることを知ったのだが、Amazonプライムビデオで有料配信中の第1作目を観て驚いた。古式ゆかしい時代劇らしい時代劇の作法にのっとりながら、突拍子もないアクションがくり広げられていたのだ。その凄さに圧倒されるメンバーが続出し、編集長林田の鬼気迫るイラストにも魅了され、「子連れ狼わくわく大図鑑」の企画は発進した。おかげさまで冊子は好評をいただき、団体の通販サイト分は完売して、現在、第2版発行の準備にとりかかっている。並はずれた映画の並はずれた部分に胸をかりるつもりで発売した「『子連れ狼』シリーズDVD+『わくわく大図鑑』」を大五郎が乗る乳母車の再現ミニチュア版に積んだセットも完売。そこへもって、池袋の新文芸坐さんでシリーズ全6作を上映する特集の話が持ちあがった。
新文芸坐といえば、知る人ぞ知る、デフォルトで爆音が体験できる音響のたいへん良い映画館である。都内にある名画座のなかでもスクリーンは大きいほうで、年間ほぼ日替わりで上映する本数は尋常でなく、申請すればギネスブックに載るのではないかといわれているアグレッシブな映画館だ。そこであの大胆なアクションと格好いい音楽の『子連れ狼』が楽しめるというのは願ってもない機会である。とはいえ、昔の時代劇。緊急事態宣言のさなかでもある。はたしてお客さんの入りはどうだろうか、というのは杞憂だった。初日の7日は入場待ちの列が映画館のある3階から地上まで伸びるほどの盛況ぶりだったという。スタッフの花俟さんによると、観客には若い人の姿も多くみられたそうだ。全6作を2本ずつ日替わりでふた回りの上映が終わって迎えた土曜日の夜、「新しい世代のための『子連れ狼』」というタイトルでオールナイト上映が開催された。上映前におこなわれたトークショーでは、映画史・時代劇研究家で数々のご著書もある春日太一さんがオールナイト用に選んだ3作(1作目「子を貸し腕貸しつかまつる」、2作目「三途の川の乳母車」、6作目「地獄へ行くぞ!大五郎」)を中心に、映画版『子連れ狼』と若山富三郎の魅力が春日さんならではの視点で語られていく。司会の花俟さんとともに春日さんのお相手を務めたのは「子連れ狼わくわく大図鑑」編集長の林田。
この3作を選んだ理由として、春日さんは「壮絶なラスト15分が控えており、ひとつのエンターテイメントとして明らかにとんでもないことをやっている。時代劇を観るのに不馴れな人が観ても相当に面白い」と絶賛。『子連れ狼』が生まれた時代背景や、若山富三郎が拝一刀になるまでの意外なエピソードなどが明かされた。トークショーの最中に花俟さんが客席に問いかけたところによると、約7割のお客さんがこの日、初めて『子連れ狼』を観るということだった。春日さんが解説なさったそれぞれの作品の「ここを観ると面白い」場面がスクリーンにあらわれると、客席から感嘆の声が上がった。「時代劇の楽しさを知ってもらい、これからも見続けてもらうためにもハードルを下げたい」という春日さんのねらいは見事に適中したのではないかと思う。オールナイトにかぎらず、新文芸坐で上映のあと客席から自然発生的に拍手が起こる場面に何度か居あわせたことがある。たいていは誰かの追悼上映だったり、上映権が切れるということで日本最終上映だったりという事情があった。ふつうは場内が明るくなると、あくび混じりに伸びをして立ち上がったり身支度をととのえて足早に出口に向かったりする人たちが多いのだが、この日は朝5時すぎに6作目の「地獄へ行くぞ!大五郎」のエンドロールが終わった瞬間、どこからともなく拍手がわき起きたのだった。トークショーの締めくくりに、春日さん、花俟さん、林田からそれぞれ挙がった「『子連れ狼』の次に観るならこの作品」のお薦めのお土産も受け取って、時代劇がぐっと身近になり、楽しみ方も教えていただけた充実のオールナイト上映だった。「『子連れ狼』のように本当に面白い作品を若い世代にオールナイトで観てもらいたい」という花俟さん。「新しい世代のための~」第2夜の開催を楽しみに待ちたいし、そのときには裏話をたっぷり盛り込んだ春日さんのお話も一緒に楽しめたら、映画の新しい扉がひらけるにちがいない。
NHK大河ドラマ第1作『花の生涯』(1963)から『太平記』(1991)まで、現場の人間へのインタビューに基づき制作秘話をつづった「大河ドラマの黄金時代」が現在、大好評の春日太一さん。トークショーのなかで触れられた近日刊行予定の「時代劇聖地巡礼」では『子連れ狼』のロケ地も紹介されているとのことだ。コロナ禍を脱して自由に旅行ができるようになったら、ひと味ちがう時代劇の楽しみ方を指南してくれる一冊になるのではないかと思う。林田編集長の強烈なイラストとともにシリーズ全6作をひもとく「子連れ狼わくわく大図鑑」は、店舗さまお取り扱い分を除いて初版完売。第2版の発売が決定し(2021年2月下旬販売開始予定)、ただいま映画パンフは宇宙だ!STORESでご予約を受け付けている。映画はいま全6作がAmazonプライムビデオで有料配信されており、原作漫画はKindle版が期間限定で全10巻385円と驚きの値段で販売中だ。観てから読むもよし、読んでから観るもよし。大五郎の瞳のごとく澄み底の知れない『子連れ狼』沼があなたを待っている。
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