文=鈴木隆子
お互いを気遣って言わないでおいたことが原因で、人間関係がぎくしゃくしてしまうことがある。それは家族や友人、パートナーなどあらゆる関係性において起きることで、その時は反省してもなぜか似たようなことを繰り返してしまう。
本作の原題「Crown Shyness(樹冠羞避)」とは、「樹冠(樹木の上部で葉や枝が茂っている部分)が遠慮し合っている」という意味で、つまり「木々がお互いに最大限の日光を浴びられるように配慮し合っている様子」を示す言葉なのだそう。山の中などの木々に囲まれた場所でふと空を見上げた時、樹冠同士に少しずつ間が空いていていて、まるでパズルのように見える様子を目にしたことは無いだろうか?
本作を見終えた時、この作品のタイトルは「Crown Shyness(樹冠羞避)」しか無いと、秀逸なネーミングセンスに誰もが舌を巻くだろう。
本作は、東京国際映画祭の台湾映画特集「台湾電影ルネッサンス2025 ~台湾社会の中の多様性」で上映された。現代の台湾社会で生きるひとりの女性の、家族やパートナーとの人間関係の中で、自分が思ってもいない方向に関係が変化していく状況に揉まれながらも、人として成長していく様子を見つめる。
また、彼女のような若い世代が置かれている不安定な就業状況や、自然に描かれる同性とのパートナーシップなど、今の台湾の様子も垣間見ることができる。
台湾に住む主人公のニエンは、同性のパートナーであるタイ人のザイザイと二人暮らしをしている。ニエンが幼い頃に離婚し中国で働く母リンが3年ぶりに一時帰国をする際に家に迎え入れるのだが、ステージの進んだ癌を患っていたことが判明し、程なくして帰らぬ人となってしまう。
ザイザイはシングルマザーで、娘をタイに残し台湾へ出稼ぎに来ている。外国人労働者の職探しは厳しく、深夜に男性向けのマッサージ店で働く日々。提供されている住居は二段ベッドが並ぶ大部屋の中のベッド一つ分のスペースのみで、ニエンと出会っていなかったら居住環境もかなり厳しいものになっていたということが見て取れる。
母の一時帰国のタイミングでニエンの家にやってきた祖母ハオは、孫娘が心配だからとしばらくここに住むと言って聞かず、思いがけず一つ屋根の下で暮らすことになった、ニエンと祖母とザイザイ。
ニエンは口うるさい、でも愛情深い祖母を煩わしく思い、できるだけコミュニケーションをとることを避け、ザイザイについてもしっかり話すことはせずにいた。しかし、ニエンが仕事で不在の時、ザイザイは祖母との会話で、自分の国籍やニエンとの関係性を隠していると思われ、また仕事について嘘をついていたことを知ってしまう。
一方で、ニエンの母のスマホのパスワードが偶然にもヒットしてロックが解除され、実は母には中国に恋人がいたことが判明する。だからなかなか帰って来なかったのではと、ニエンはモヤモヤする一方で、自分は後ろめたい存在なんだと感じさせてしまったザイザイとも心の距離ができてしまう。
そんなタイミングで、祖母が自分の娘とニエンに対して言った「娘には母親が必要だ」という一言で、ザイザイはタイへの帰国を決意し、ニエンの前から姿を消してしまった。
母が去り、ザイザイも去り、祖母もそろそろ家に帰ると言う。自分の周りから人が去っていくのは、なぜこうもタイミングが重なるのだろうか。それぞれが遠慮し合って、気を遣って、うまくいっているように見えても、自分の中の「やっぱりこうしておいた方がいいかも」を無視していると、後でとんでもないしっぺ返しが来ることが多い。
若いニエンにはなかなかの試練となったが、おせっかいな祖母が強い強い愛情を注ぎ続けてくれるから、彼女はまだやっていけると安心している観客は多いだろう。
祖母が帰る前にニエンは一緒に、母の遺灰を埋葬しに向かう。その先は、樹木葬を希望していた母のお気に入りの場所。埋葬が済み二人で空を見上げると、木々の隙間、まさに「Crown Shyness(樹冠羞避)」を目にする。
「遠慮し合っているように見えるけど、根っこではつながっている」と呟く祖母。
家族や他人関係なく、人間関係や他者との距離感に難しさを感じることは多い。小さな間違いが取り返しのつかない結果になってしまうこともある。
だから木々が隙間をつくるように、近すぎず離れすぎない距離をゆっくりと探っていこう。時に失敗をしながらも、少しづつ根を伸ばすように、好きな人たちとつながっていきたい。

作品情報
エグゼクティブ・プロデューサー:ユー・ペイホア
監督/脚本/編集:チャン・ジュンユー
プロデューサー:ワン・イェンピン
プロデューサー:ワン・ズーユェン
撮影監督:シャオ・イーファン
照明:リー・リン
美術:ウー・イーメイ
音響ミックス:ウェイン・リー
スタイリスト:リン・ズーユー
編集:チェン・シャオチュン
音響デザイン:アレン・カン
キャスト:ハン・ニン、ウー・ビーリェン、ワリター・ウドムワラクンチャイ、チャン・チャンミェン
公式サイト
予告編
80分/カラー/中国語、台湾語、タイ語、英語/日本語字幕/2024年/台湾
妄想パンフ
B5縦型。タイトルは入れず、表と裏の表紙ひと続きに「Crown Shyness(樹冠羞避)」の美しい写真を載せたい。
冒頭でいきなりニエンが車の中でスナック感覚で茹でたエビを頬張っていたり、ニエンのバイト先がエビの釣り堀だったりと、本編の中でのエビ使いがかなり気になったので台湾のエビ事情を知りたい。










