文=鈴木隆子
スイスの大きなカントリーハウスに、家族や友人が続々と集まってくる。どうやら誰かの誕生日祝いがあるようだ。それぞれ大きな荷物を運び込んで、しばらくみんなでこの家に滞在する日々が始まる。欧米作品によく見るシチュエーションで、和やかなファミリードラマが始まると思いきや、すぐに違和感を感じた。広い家を沢山の登場人物が行き来して、顔を合わせれば笑顔で挨拶を交わしているのに、なぜか終始不穏な空気が漂っているのだ。
スイス出身の映画監督ラモン・チュルヒャーの最新作である『煙突の中の雀』は、『ストレンジ・リトル・キャット』『ガール・アンド・スパイダー』に続く、「動物三部作」の最終作となる。これらの作品はいずれも双子の兄弟であるシルヴァンがプロデューサーを務めており、キッチンや小さなアパート、カントリーハウスと、限られた空間の中で繰り広げられる室内劇に定評がある。
この家の家長であるカレンを演じるのは、『アイム・ユア・マン 恋人はアンドロイド』(2021)で恋愛から距離を置く女性学者・アルマ役のマレン・エッガート。本作では終始無表情で冷徹な女性を演じていたので、最後まで気づかなかった人も多いのではないだろうか。
この家は主人公カレンの実家で、カレンの夫であるマルクスと、3人いる子どものうちの2人と、4人で暮らしている。カレンの家での振る舞いや子どもたちとのコミュニケーションの様子から、支配的な母親であることがすぐにわかる。しかし子どもたちはそんなカレンに屈することなく自分の考えを持ち、時に反抗的な態度で立ち向かうため、家の中には常に緊張感が張り詰めているのだ。
この日はマルクスの誕生日。お祝いをしに、カレンの姉ユーレ一家が到着してから、家の中の空気がさらに揺らぎ始める。カレンとは性格が真逆で社交的なユーレ。歓迎していない態度をあからさまにとるカレンを気にすることなく、自分のペースで過ごすユーレの様子は家の中に不協和音を更に加えることになる。このふたりはただ単に仲が良くないだけなのかと思ったのだが、徐々にふたりの会話から、亡き母の呪縛めいたものに、未だに苦しめられていることが見えてくる。
それはこの家のつくりにも反映されている。全ての部屋、バスルームにまでも、一つも鍵がついてない。昔母親が外してしまったのだそうだ。そのためか、この家では誰がどこにいても、ふと視線をやると誰かが見ている、という、ストレスフルな環境になってしまっている。
誕生日を祝いに大人から子どもまで大勢集まり、夜のパーティーに向けて準備に勤しみ、合間にプールで泳いだりする。楽しさ溢れる空間の条件が揃っているはずなのに、全然楽しそうに見えないのはなぜなのか。実はこのあとにホラー映画のような展開が訪れるのかと深読みしてしまうほど、観客は見えない何かの正体に気づき始め、無意識にそれを探りながら物語の深みにはまっていく。
攻撃的なやりとりや誰かに寄り添う姿、視線の交錯など、人々の動きが絡み合う。一つの画面には常に複数人の登場人物が存在していて、スクリーンから受け取る情報量が多いながらも、観客を混乱させることなく目が離せない状況に陥らせるのは脚本の妙にほかならない。
外が暗くなり始め、庭にはたくさんの人が集まりいよいよパーティーが始まった。そこから一気に駆け抜けるラストの展開は、家族みんなの同じ表情から、この顛末はハッピーエンドとして捉えていいのだと、やっと胸を撫で下ろすことができた。
作品情報
監督:ラモン・チュルヒャー
キャスト:マレン・エッガート/ブリッタ・ハンメルシュタイン/ルイーゼ・ハイヤー/アンドレアス・デーラー/ミリアン・ツェルザヴィー/レア・ゾーイ・フォス/パウラ・シンドラー/イリヤ・ブルトマン/ルアナ・グレコ
117分/カラー/ドイツ/日本語、英語字幕/2024年/スイス
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妄想パンフ
表紙は、舞台となる家の全体像を。家の間取り解説は絶対入れたい!