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【37th TIFFレポート8】『三匹の去勢された山羊』笑いの裏にあるものは

文=鈴木隆子

新型コロナウイルスによる混乱に陥っていた2020年、世界中の人々は目に見えない恐怖と戦っていた。当時はありとあらゆる感染対策を行っていたが、4年経った今振り返ると、果たしてあの対策は意味をなしていたのか? と、疑問を抱くものも少なくない。でもあの頃はみんな手探り状態だったので、仕方がなかったとも思う。

『三匹の去勢された山羊』は、まさにその頃に起きていた混乱を、中国・陕西省のとある村を舞台にメタ的な視点でコミカルに描いた作品である。陕西省は中国のほぼ中央に位置し、大都市の西安を有する。中国のシルクロードの起点の地として知られ、世界文化遺産の兵馬俑があることでも有名だ。

主人公のホンフェイは、返済期限が明日に迫る借金の取り立てに追われる中その返済に充てるため、山羊を3匹仕入れようと実家のある村に帰省する。コロナの影が忍び寄っていたが、それがこの先世界中の人々が翻弄される出来事になるとは、まだまだ捉えられてなかった。村の入口に到着すると、仰々しいゲートが設置され、防護服とフェイスシールドを装着したホンフェイの息子を含む検査員が二人立ち、今となっては見かけなくなった、額で計る非接触体温計で検温、村の出入りの記録を残すためにスマホでQRコードを読み込ませられる。その一連の流れはまさに「あの頃」を思い出させた。
村の外から人が入ってくると、一人に対して複数の検査員達が執拗にPCR検査を実施し、自宅待機を強制する。PCR検査のやり方も、村のボランティア、いわば素人が検査対象の人々に対して綿棒を鼻に突っ込んで粘膜を取るので、また、力が強いので時に鼻血が出てもそのまま検査に出すので、正確な検査結果が出るのかあやしい。しかもタバコを提供すれば検査を早めてくれるなど、賄賂も通用するので信用ならない。

その後、自宅待機を強制させられてしまったホンフェイ。時間が経つごとに世の中の混乱状況の悪化が、ニュースや都心部にいる妻からの電話で見えてくる。食料調達が難しくなったり、過敏になっている近所の人と揉めたりなど、国は違えど同じ状態だった。

山岳地帯にあるこの村は、都心部とは違い人口密度が低く住居もひとつひとつがかなり離れているので、感染リスクはかなり低いのがわかるが、村では出歩かないよう終日アナウンスが流れ、検査員はドローンを使って村人の家を一軒一軒監視し、少し家の外に出ていただけで警告をし、村人たちを徹底的に追い込む。検査員たちは上役からの命令と正義感で、行動が日に日にエスカレートしていく。
当時の混乱した状況を鑑みても、さすがにこれはやりすぎだろう。本当に起きていたことなのかは不明だが、軽妙な作風も手伝って、この状態を今面白おかしく客観視できるということは、コロナに苛まれていた時期を脱することができたともとれるし、過去の出来事として忘れ去られてしまったともとれるのではないだろうか。
それが良いのか悪いのかは置いといて、ライトな作風の中にその問いを突きつけてくるイエ・シンユー監督。侮れない人である。

作品情報

監督:イエ・シンユー[叶星宇]
キャスト:フイ・ワンジュン/フー・ビンアイ/ドゥー・ホァンロン/リー・チーシャン/リー・ジン/グォ・ロンシー/バイ・ジーリン/フォン・ディンユン

80分/カラー/北京語/日本語、英語/字幕/2024年/アメリカ
予告編はこちら

妄想パンフ

本国ポスタービジュアルが非常に素晴らしいので、表紙は同じデザインを採用。
山羊の価値が高く、また去勢をしているかしてないかで値段も変わってくるようなので、そのあたりの中国山羊事情の解説を入れたい。

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