文=小島ともみ
郷里の母親から突然、主人公のもとに送りつけられたビデオテープ。そこには、弟の失踪した瞬間が映っていた――撮影者は、自分。『霊的ボリシェヴィキ』の高橋洋、『呪怨 呪いの家』の三宅唱という、異端的ホラー作家のもとで助監督を務めた近藤亮太の長編デビュー作『ミッシング・チャイルド・ビデオテープ』は、角川ホラー映画大賞の栄冠に輝いた短篇を基に、かつてJホラーの代名詞となった『リング』の系譜を大胆にアップデートする。「またビデオか」という声が聞こえてきそうだが、その予想はいい意味で裏切られる。ここでビデオテープは単なる呪いの媒体ではない。監督は「失われた記憶」のコマを「恐怖」で繋ぎ、現実と異界の境界を曖昧にする”異形のアーカイブ”として機能させる。ビデオを観ることで「あちら側」に接続される未知の恐怖を創出した後味の悪さは抜群だ。
CMディレクターとして頭角を現し、映画美学校で研鑽を積んだ近藤監督は、本作でも映像のテクスチャーを巧みに操る。ビデオ特有のノイズ、歪んだトラッキング、そして現代のデジタル映像。これらの質感の違いが、記憶と現実の裂け目を可視化していく。特筆すべきは音響面での工夫で、かつての家庭用ビデオに特有のホワイトノイズが、いつの間にか異界からの囁きへと変容してゆく。まるで『イレイザーヘッド』でデヴィッド・リンチが仕掛けた工業音のように、その音は観客の背筋を這い上がってくる。
物語の舞台となる山は、いつしか「要らないものの捨て場」と化した場所。心中や失踪など物騒な事件の噂が絶えない忌避の地でもある。市町村合併を隠れ蓑に幾度も名前を変え、狡猾にも人の記憶をすり抜けてきた。山自体が意識を持ち、足を踏み入れた者を逃さないどころか、わずかでも興味を傾けた者を引きずり込む捕食者としての雰囲気を漂わせている。その餌場となるのが、地図にない廃墟である。かつて主人公の弟を飲み込み、学生の登山グループを迷い込ませた場所。獲物が来ると姿をあらわすこの廃墟は、リンチのドラマ『ツイン・ピークス』に登場する“ブラック・ロッジ”を彷彿とさせる。深い森の異空間に在り、閉じ込められたら最後、二度と出られない。しかしその存在はリンチ版のような善悪の二項対立ではなく、日本的な曖昧さを帯びる。あくまでも目にしなければ、意識しなければ、存在し得ないのだ。
演出の巧みさは、空間の使い方にも表れる。主人公の母親の霊や死体が「部屋の隅」から現れる描写は、ただハッとさせるだけでなく、吹きだまりには不浄なものが溜まるというDNAレベルで染みついた感覚を、視覚的恐怖として昇華させている。主人公の弟がかつて目撃した得体の知れない存在を「ぷよぷよ」と形容したのも、具体的な姿を見せない「何か」をあえて可愛らしい呼称で呼び、不安を増幅させる絶妙な仕掛けだ。
本筋から外れるが、本作で個人的に興味深かったのは、主人公と同居人の関係性の描き方だ。同性カップルの描写は、近年では日本映画のなかでもごく当たり前のものとして描かれるようになってきたが、本作ではさらに、説明的な演出など一切なく、驚くほど自然な距離感で二人を映し出している。互いへの信頼をベースに成り立つ会話、危機に寄り添うさりげない心遣い――そこには長年の日常を共有してきた者同士の確かな親密さがある。二人は同棲する恋人同士なのか、深い絆で結ばれた友人同士なのか。本作はその関係性を殊更に定義づけることなく、ごく自然な生活の機微として描き切る。それは単なる演出の妙に留まらず、日本映画における同性間の親密さの描き方が新たな局面を迎えたようにも感じられる。恐怖映画という枠組みの中で、これほど成熟した関係性の描写に出会えるとは——。
その主人公を演じる杉田雷麟は、弟に対する罪悪感と再会への希望、そして次第に山に魅入られていく心の崩壊を、繊細かつ複雑に見せる。『半世界』での内省的な演技がここでも光り、忍び寄る恐怖と葛藤を喉元に突きつけてくる。平井亜門は同居人として主人公を支えつつ、次第に自らも異界に巻き込まれていく運命を担う。『銀平町シネマブルース』で放った存在感同様、その深い眼差しで絶望と恐怖を体現する。『辰巳』で骨太な演技を見せた森田想は、無力感と恐怖に苛まれながらも信念を貫く記者を切実に演じ切る。若手俳優たちの真摯な演技が、作品に異質なリアリティと重みをもたらしている。
表層では失踪事件のミステリーとして進行しながら、その下層では家族の記憶、トラウマ、そして「見てはいけないものを見てしまう」という視覚的タブーが蠢く。ビデオに映る「あのとき」の真実は、現在の「私」を揺るがし、その波紋は観客の心にまで届く。松田恒太の撮影が捉えた映像の質感は、デジタルとアナログの狭間で引き裂かれた時間そのものを映し出しているかのようだ。かつて『リング』は、テレビという身近なメディアを恐怖の源泉に変えた。そして今、すでに過去の遺物となったビデオテープが、新たな恐怖を喚起する。デジタルでは消せない記憶、削除できない過去。現代人の漠然とした不安が、アナログな映像のノイズとなって這い出してくる。近藤監督は、Jホラーの伝統を受け継ぎながら、確かな新境地を切り開いてみせた。スクリーンが暗転しても、この映画は観客の意識の片隅で、じわじわと増殖し続けるだろう。それはまるで、ビデオテープに潜む「何か」が、現実世界に浸食してくるかのように。
©2024 「ミッシング・チャイルド・ビデオテープ」製作委員会
作品情報
監督:近藤亮太
キャスト:杉田雷麟、平井亜門、森田想
104分/カラー/日本語/英語字幕/2024年/日本/KADOKAWA
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公式サイト
妄想パンフ
本作、2025年1月24日(金)公開ということで、どんなパンフレットとともにやって来るのか、妄想ではなく期待を膨らませて待ちたいと思います!