文＝鈴木隆子
自分の親は今までどんな人生を歩んできたのかと問われたら、正直よく知らない。一緒に過ごしてきた時間が多い故、全てをわかっている気持ちになってしまっていたが、自分の親としてのその人しか知らないのだ。親になるまでの人生と、親になってから自分を育ててくれた過程にあったであるう個人的な出来事を、なぜ今まで知りたい、知ろうと思わなかったのか。本作を観終わったあと、そんな自分を不思議に思ったのだった。
今現在も対立が続く、イランとアメリカ。この2つのルーツをもつイラン系アメリカ人の主人公・レイラとその母親の物語である本作は、イラン出身のマリアム・ケシャヴァルズの自伝的作品でほぼ実話とのこと。監督は2011年に女性同士の恋愛を描いた『Circumstance』（原題）という作品を製作したところ、同性愛が認められていない祖国イランへの入国が禁止となってしまい、本作はアメリカのニューヨークとニュージャージー、トルコで撮影された。
国同士の問題に板挟みになり情勢によって生活を左右させられ、一方では男尊女卑や家父長制、もう一方では人種差別などと理不尽な扱いを受けてきたレイラに監督自身を重ね、メッセージ性が強くなりそうなところを、本作は驚くほどポップな描写にユーモアを込めて描いている。随所にダンスシーンや音楽も効いていて楽しく時間が過ぎそうになるが、監督や映画製作の背景を時折思い出し、自分自身を現実に引き戻しながらの鑑賞体験だった。
1970年代、レイラの両親はイランからアメリカに移住し（その当時はまだ子どもが2人）、ベトナム戦争で医者不足のアメリカで医療活動に尽くすも、イスラム革命により帰国できなくなってしまう。仕方なく定住することになりそこから家族が増え、父母・祖母に9人きょうだいの12人家族になる。個性あふれる8人の兄たちに囲まれて育った末っ子で長女のレイラは、小さい頃から母親との関係に悩んでいた。料理を手伝わされるのはいつも自分だけで、その間男きょうだいはずっと遊んでいるとか（日本でもまだまだある光景だ）、レズビアンのレイラの恋人を受け入れてくれなかったり、父親の心臓移植手術が急遽決まったときは一人だけ家に戻って祖母といるようにと言われたり。自由にやっている兄たちと比べ、レイラの行動ひとつひとつに何かと文句を言われ、なんだか噛み合わない関係がずっと続いている感じにとれる。しかしあるとき、ふとしたことがきっかけで、祖母から母親の武勇伝と言っても過言でもない、彼女が歩んできた道のりについて聞くことになるのだ。
10代中盤で父と結婚させられてからの、イランの山奥での暮らしと父の浮気。亡くなった浮気相手とつくった子どもを、自分の子のように一緒に育て（なので、8人の兄のうち1人は異母きょうだいになる）、突然倒れた父の病気の手術費用と生活費を捻出するために出会った不動産売買の仕事で成り上がるまでの血のにじむような努力と、ボスの人種・性差別に屈しない姿勢。同じ女性で人種としてもマイノリティである自分は苦労してきたから、レイラにはどうしても厳しくしてしまうのだろう。家事については、レイラとしてはやらされていると思っていたが、母は頼りにしていたのだ。先日鑑賞した『女性たちの中で』しかり、母親の強さが胸に響くのは自分が女性だからなのか。
映画の中の母娘たちの関係性は、それぞれの国や人種、信仰などのバックグラウンドが異なっても通ずるものがある。女性に対してあらゆる権利が認められていなかったり、ジェンダーギャップに苦しむ想いを共有する同じ立場であったり、さらにそこへ家族という繋がりがあると、一層心強い存在になるが、一方ですぐにこじれてしまう危うさもはらんでいる。シスターフッドと一言では言い表せないこの関係性は、母親の人生を知ることで、より特別で強固なものになるのだと、この母娘について知ることで新たな価値観を得た。
まだまだ知らない母親の一人の人としての側面を知ったら自分はどうなるのか…？ 早速チャレンジしてみたいと思う。
36TIFF 2023/10/26
作品情報
原題：The Persian Version
監督：マリアム・ケシャヴァルズ
キャスト：レイラ・モハマディ、ニユシャ・ヌール、カマンド・シャフィイサベット
107分／カラー／英語、ペルシャ語／日本語・英語字幕／2023年／アメリカ
公式サイト
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妄想パンフ
表紙はシンディ・ローパー『Girl Just Want To Have Fun』のカセットのジャケットを模したデザインで！（実際は権利的に厳しそうだけど妄想なので…）
本編では8人の兄たちの紹介がさらっとしていたので、一人ひとりのプロフィールをしっかり入れたい。レイラ一家の人生に大きな影響を与えたイラン革命や、今現在も対立するイランとアメリカの関係についてなど、本作の背景となる歴史もまとめる。
