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【TIFF8日目レポート1】繋がれない世界で生きる孤独『輝かしき灰』

文=小島ともみ

近年、日本でも翻訳が相次ぎ注目を集めているアジア文学。12月に刊行されるアンソロジー『絶縁』は9人のアジア人作家の作品を集めた短編集で、本作の原作者でありベトナムの作家、グエン・ゴック・トゥの小説も採録されるという。ベトナム戦争後に生まれたニュージェネレーションの作家として注目を集める彼女が本作で描いているのは、伝統的な村社会の事情である。メコン川のほとりで穏やかな日常を送る村に生じた小さな波紋が、大きな渦となって村をかき乱していく。

ホウには恋焦がれる男がいる。漁師のズオンだ。しかしズオンは美しく何でも器用にこなすニャンに学生時代から一途に惚れている。そのニャンが陶器職人のタムと結婚した夜、ズオンはホウに誘われるまま体を重ね、妊娠の責任を取る形でホウと家庭をもつ。ホウは子さえなせばうまくいくはずと期待を抱いていたのかもしれないが、長い漁から帰った後でもズオンの口は重く、ホウとは目を合わせようともしない。嫉妬に駆られたホウはニャンを邪険に扱うものの、ズオンとの繋がりを持ちたい一心で、いつしか彼女と心を通わせるようになる。そんな矢先に起こったある出来事が、ニャンの生活を一変させ、ホウとズオンの関係にも影を落としていく。物語はホウとニャンとその男たちの関係を軸に進むが、もう一人、女がいる。少女の頃、村の男にレイプされて心に傷を負い、日常生活を送るのにも困難を抱えているロアンである。レイプ犯が刑期を終えて村に戻ってくると、彼女ははじめのうちは復讐に燃え、次第に別の複雑な感情を抱くに至って葛藤する。

3人の女は、ろくでもない男にかかわってしまったばかりに人生を狂わされる。しかし見切りをつけて新しい生活に踏み出せるほど彼女らの世界は広くはない。その場に根を下ろして生きていくしかない状況が他者の介入を許さない隙のなさで淡々と描かれる。一方で、男はどうか。ズオンもタムも脆く、躓きを乗り越えられずに同じところを堂々めぐりしている。ロアンをレイプした男は贖罪と救いの道を求めて僧侶になり、ロアンの怒りを正面から受けとめることを避ける。師匠である僧侶に「念仏では人を救えない」と、ロアンと向き合うことを促され、遁走してしまう。女はひたすらケアする存在であって、彼女たちの悲しみや怒りを癒してくれる人はいない。いまどきの文脈ならば、ここで女たちの連帯なり、シスターフッド的な繋がりが互いを支え合う力になるのだろうが、現実は厳しい。誰にも全てが筒抜けになる小さな社会の一員である以上、価値観を根底から覆すことになりかねないムーブメントは起こし得ないのである。背を向けて日常に戻っていく男たちとは対照的に、女たちは矢面に立ち孤独に沈んでいく。

夜のシーンも多く、全編がほぼモノトーンに近い色合いで進むなか、火がパッと起こった瞬間の赤さと勢いは、黙して多くを語らない女たちの心の悲鳴のようだ。しかし実際のところ、その叫びは彼女らの内側でこだまするのみで誰にも気づかれないのだろう。女性という属性ゆえに期待され負わされるものの重さと、それを許す不公平な構造についていたく考えさせられる。

35thTIFF 2022/11/01

作品情報

原題:Glorious Ashes[Tro Tàn Rực Rỡ] 監督:ブイ・タック・チュエン
キャスト:レ・コン・ホアン、ジュリエット・バオ・ゴック・ドリン、フオン・アイン・ダオ
117分/カラー/ベトナム語 英語・日本語字幕/2022年/ベトナム、フランス、シンガポール
予告編はこちら

妄想パンフ

A4縦、漆黒の闇の表紙、真ん中に真っ赤に燃え盛る家を。原作&原作者の紹介と合わせて、舞台となっているメコン川沿いの村の生活を解説するコラムを。

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