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【PATU REVIEW】ミソジニーを打ち砕くクロエ・グレース・モレッツの強烈な一撃『シャドウ・イン・クラウド』

文=小島ともみ イラスト=學

「Genre-Bending Movies/films」という言葉をご存じだろうか。さまざまな要素を含み、単一のジャンルには落とし込めない映画のことをいう。4月1日(金)より全国で公開されるクロエ・グレース・モレッツ主演『シャドウ・イン・クラウド』を表すのに、これほど適切な言葉はない。Genre Bending作品の醍醐味は、想像を軽々超える紆余曲折と、どこへ連れて行かれるかわからないスリルにある。できることなら情報は一切入れないで映画館に向かうのが最も適切な楽しみ方、とだけ書いて終わりすべきなのは承知のうえで、ネタばれに細心の注意を払いながら、少しだけ見どころを紹介してみることにする。予備知識は不要な作品。新鮮な驚きに打たれたい人は、ここでページを閉じてしまって構わない。

――1943年、第二次世界大戦が激化するなか、ニュージーランドのオークランドにある飛行場で、一人の女性パイロットが搭乗機を探していた。英国空軍のモード・ギャレット大尉(クロエ・グレース・モレッツ)だ。彼女は軍から極秘任務を命じられている。機密事項の詰まったバッグを運搬するのだという。女であることも、特命を帯びていることも、彼女が乗り込んだサモア諸島行きのB-29爆撃機「The Fool’s Errand」乗組員の男たちには好ましい状況ではなかった。ロッカールームトークよろしく、男たちの下ネタをまぶした軽口と敵意に満ちた言葉が彼女に襲いかかる。そのなかで唯一、ウォルター・クエイド二等軍曹(テイラー・ジョン・スミス)だけは一抹の優しさを見せ、彼女が狭苦しい飛行機底部の砲塔に追いやられると、大事なバッグを預かることを申し出る。砲塔に乗り込んだモードは、雲のなかに怪しい影(shadow in cloud)を認め、警告を発するが……。

冒頭で「予備知識不要」と書いたが、一つ知っておいていいかもしれないことがある。本作の脚本はもともと『クロニクル』(2012)や『エージェント・ウルトラ』(2015)などを書いたマックス・ランディスが手がけていた。ところが、#ME TOO運動が起こるなか、2019年、ランディスにもレイプなど性的虐待を含む女性への暴力行為疑惑が複数もちあがり、事態を深刻に受け止めたエージェントは契約を解除、本作のプロデューサーから下ろす決断をする。組合の取り決めで脚本でのクレジットは残ってしまったものの、多くの部分は監督のロザンヌ・リャンによって手を加えられたという。リャン監督はニュージーランド出身、もともと第二次大戦の歴史に興味を持っており、80年代冒険活劇を見て育った(シンセを多用した本作の音楽はまさしく80年代のジャンル映画を彷彿とさせる)。オリジナルの脚本がどこまで変更されたのかは不明だが、言葉の鈍器を振り回してモードをなぶり、仲間内では勲章や序列のしるしとして恭しく扱う肩書きやポジションを愚弄の道具にする男たちの振る舞いは、女たちが今もなお苦しめられている構図そのものだ。リャン監督による改稿がなかったら、モードのキャラクター、またストーリーの展開も違っていたかもしれない。

もう一つ付け加えておくと、本作は基本的にモードの視点から描かれている。情報はモードの心理というフィルターを通じて与えられ、彼女の身に迫る危機や恐怖が臨場感をもって伝わってくる仕掛けだ。なかでも前半の大部分を彼女は身動きするのがやっとの広さしかない砲塔で過ごすのだが、実際のモレッツは閉所恐怖症。監督はモレッツが手に冷や汗をかいているのを見て、カメラの位置決めには慎重を期したそうだ。たしかに一連の場面でのモレッツの一挙手一投足、何かに追い立てられるかのような口調には鬼気迫るものがある。それが図らずも本物の恐怖心に基づいているのだと思うと、迫力も一段と増してくる。モレッツにとっては大変な挑戦となったわけだが、監督と話し合いを重ね、互いにとって最も望ましい方法を見つけて克服したという。現場での丁寧な作業に裏打ちされているからこそ、モードというキャラクターは自信に満ち、輝いて見えるのだろう。さらにこの心理フィルターは、意図的にある部分をカモフラージュする役割も果たしている。モードは明らかに「任務」に関して特殊な事情を抱えており、行動の端々から早い段階で観客の気を揉ませるのだが、真相はとんでもない方向から降りかかってくる。全てが明るみに出たとき、モードは無敵になる。なりふり構わない暴れぶりを思う存分楽しむ時間の始まりだ。

クロエ・グレース・モレッツの鬼神アクションがあって、荒唐無稽ともいえる本作はひとつに収斂していく。『キック・アス』(2010)で小柄な身体から繰り出す小気味良い動きをみせて観客の度肝を抜いた彼女は、アクションものとは銘打たない作品のなかでも隙あれば身体能力のポテンシャルの高さを仄めかし続けてきた。本作ではリミッターが外れた後半から四肢のみならず運までもフル活用したミラクルを炸裂させ、息をつく間を許さない。限られた空間での動きとあってダイナミックさには欠けるが、高度2,500メートルの設定を生かした「数ミリでも踏み外したら一巻の終わり」なアクロバット的アクションの連続には、高所の苦手な人でなくとも生きた心地がしなくなるというものだ。こんな『ワイルド・スピード』シリーズばりの奇想天外アクションをみせた女性は初めてでは!?と思わず拍手喝采してしまう場面もある。「主人公モードはリプリーとサラ・コナー、インディ・ジョーンズのハイブリッド」というリャン監督の要望にも十分かなう格好だ。もちろん見どころはドラマ部分にもある。モードが登場した瞬間、そのいでたちに目を奪われるだろう。飛行服に身を包み、左手にはケガを負い、目のまわりにあざをこしらえている。戦時中と思えばごく自然な風貌が、後で大きな意味をもってくる。口汚い男の乗組員たちとの舌戦で一歩も引かず渡りあい、幾重にも襲いかかる災厄にしつこく食い下がって無謀な闘いを挑む力はどこから湧いてくるのか。目まぐるしい展開に「我々は一体、何を見せられているんだ」と生じる疑問は、リャン監督が次から次へと解き放つ地獄絵図を容赦なく叩きのめして切り抜けていくモードの姿の前に消え去ってしまうだろう。舞台は第二次大戦だが、モードが闘うのは、女というだけで蔑み、軽んじ、そもそもは戦争を引き起こしたガチガチの家父長制に与する男たちである。たった一人、己のセルフエンパワメントを信じて立ち向かっていくガールズ・パワーの物語は、痛快で心躍る楽しさがある。

作品情報

公式サイト
監督:ロザンヌ・リャン
出演:クロエ・グレース・モレッツ、ニック・ロビンソン、ビューラ・コアレ、テイラー・ジョン・スミス他
脚本:マックス・ランディス、ロザンヌ・リャン
撮影:キット・フレイザー
音楽:マフイア・ブリッジマン=クーパー
編集:トム・イーグルズ
2021 年/ニュージーランド・アメリカ/英語/カラー/SCOPE/5.1ch/83 分/原題:SHADOW IN THE CLOUD
配給:カルチュア・パブリッシャーズ

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