文=パンフマン イラスト=映女
公開当初『ノマドランド』のパンフレットが制作されておらず、遅れて発売された事件は、ラジオで宇多丸氏が劇場によって販売されてない場所があることに憤慨していたことも含めて、今年の映画パンフにまつわる10大ニュースの1つとなった。8月13日から公開中の『フリー・ガイ』も現時点ではパンフレットがなく、公開から2週経った今から発売されても全然遅くはないし、何なら公開終了後に発売される可能性も考えられる。
『フリー・ガイ』は観る前はポスタービジュアルがなんとなくベン・スティラー主演『LIFE!』(2013)を連想させ、ああいう映画なのかなとぼんやりと思っていたら、違っていた。
オンラインゲーム「フリー・シティ」で銀行の窓口係として強盗に襲われる毎日を繰り返していたガイ(ライアン・レイノルズ)は、謎の女性モロトフ・ガール(ジョディ・カマー)との出会いをきっかけに、退屈な日常に疑問を抱きはじめる、というストーリーである種のループものであった。
今年はループ映画が目立っていた。『パーム・スプリングス』、『コンティニュー』が公開され、『隔たる世界の二人』がアカデミー賞最優秀短編実写映画賞を受賞し、アマプラでは『明日への地図を探して』が配信された。映画ではないが、世にも奇妙な物語 ‘21夏の特別編では「デジャヴ」というエピソードもあった。
ループの要素を取り入れつつ、ゲームや仮想世界、様々な映画のパロディなどを盛り込んだ非常に楽しい娯楽作であった。主人公がモブキャラとループという点で思い出したのが、昨年宝島社文庫から出版された『ループ・ループ・ループ』だ。これはある1日を繰り返してしまう高校生が自分はあくまでもモブキャラであり、これは別の主人公たりうる誰かが原因でループが起こっていると推理し、その人物を探すという青春ミステリだった。タイトルだけでいうと『主人公は僕だった』ではないが、脇役から主役へと躍り出る物語だ。
毎朝、目覚めて金魚に挨拶をして、同じシャツを着て、同じコーヒーを注文し、職場で同僚に会って談笑する…こう書くとループというか幸せで平穏な毎日を送っているという気もしなくはないが、決められた行動をただリピートさせられていると気がついていく。HBOの海外ドラマ『ウエストワールド』(2016~)のエピソードを思わせる。テーマパークのアンドロイドは何の疑問を抱かず、同じ日常をループするようプログラムされ、業務させられているが、ここから抜け出すために行動するようになっていくのと近い。
自分の生活をテレビのリアリティショーで生中継されている人を描いた『トゥルーマン・ショー』(1998)を思わせるという指摘もある。確かに、ほとんど同じようなシーンも見受けられるが、こちらはフィリップ・K・ディックの小説からインスピレーションを得た作品で、見る/見られるの関係を軸にした神経症的な側面もある。それに比べて『フリー・ガイ』はひたすら爽快感にあふれた娯楽作品に仕上がっている。主人公・ガイの動機があれもしたいこれもしたいというより、自由に生活したいという動機の単純さによるところが大きいだろう。
ゲーム内での活躍により、ガイは人気を得るが、それは服装に依るところも少なくないだろう。いつも着ているのはブルー・シャツで、真似して同じシャツを着る人も出てきているが、このシンプルな格好というのが結構重要で、黒いタートルネックばかり着用していた人がカリスマ化したように、ブルー・シャツ・ガイという教祖誕生の瞬間に立ち会ったみたいに感じた。皆が彼の行動に惹かれ応援するようになる。
それにしても、誰かの行動を世界中の人々が固唾を呑んで見守るという場面はいつ頃から映画に登場しているのだろう。劇中のオンラインゲームが日本でもブームになっていると紹介されていたり、世界中で誰かがモニターやテレビの前でガイの活躍に見入っている描写には笑ってしまった。
『アンストッパブル』にはデンゼル・ワシントンが列車をぴょんぴょんと飛び跳ねながら進んでいくのを家族や関係者が祈りながら見つめるシーンがあったけど、あれは何だかテレビ番組のSASUKEを見ているようでおかしかったのを憶えている。さかのぼると世界規模のレベルで隕石や宇宙人から地球を救うために立ち上がった人類とかそういうテーマの映画になるだろうか。
サングラスをかけたら真実の世界が見えるというのは『ゼイリブ』のオマージュだが、数年前にリバイバル上映された時にグラサンをかけるかかけないかで殴り合うシーンで客席から笑いが起きるのではと思っていたら、誰も笑わず真剣に見ていたのが印象に残っている。ガイは無理やりサングラスを相手にかけさせようとせず、そっとかける。その優しい行動が現在のトレンドで支持を得た理由の一つかもしれない。
オンラインゲームあるあるだと、続編の「フリー・シティ2」は前作との互換性がなく、サービスが終了するとデータは消えてしまうわけなのにその直前まで遊んでいるプレイヤーが少なくなかった描写が、リアルだった。実際のオンラインゲームでも見られるが、記録は残らないにも関わらず、終了前の最後まで遊んでしまうものなのだ。
世界観の構築に影響を与えている『GTA』は昔評判になっていたので、プレイしてみた経験がある。ミッションの名目でああしろこうしろと指示を出されて、何で本業の仕事でもないのにこんなに命令されなければならないんだと嫌になって、1日で止めてしまったけど他にもっと自由に遊べる方法があったのかもしれない。『フリー・ガイ』のラストでプレイヤーたちがゲームの新しい楽しみ方を見出したように。
作品情報
監督 ショーン・レヴィ
出演 ライアン・レイノルズ、ジョディ・カマー、ジョー・キーリー、リル・レル・ハウリー
製作年 2021年
製作国 アメリカ
上映時間 115分
関連パンフ情報
『LIFE!』 (2013)
ダニー・ケイ主演映画『虹を掴む男』(1947)のリメイク作。パンフはホログラム加工の表紙で、中身は『LIFE』誌が意識されたレイアウト。2010年代アメリカ映画パンフ100のうちの一冊だと思います。#PATUREVIEW #映画パンフは宇宙だ pic.twitter.com/VKduiHGLVr— パンフマン/Pamph-Man🪩 (@pamphman) August 29, 2021
『ライフ』 (2017)
生命体のライフ。パンフでは宇宙生物学者や天文学者らが地球外生命体の存在可能性やどの惑星にいるかを真面目に考察!この映画は想定しうる最悪なシナリオだとも。フィクションゆえに楽しめる最低で最高の映画でした。#PATUREVIEW #映画パンフは宇宙だ pic.twitter.com/tOBz1vFRvY— パンフマン/Pamph-Man🪩 (@pamphman) August 29, 2021
『ニルヴァーナ』 (1997)
今話題のバンドと同名の映画。仮想世界×イタリア映画×人工知能×インド哲学、生と死というループを繰り返してたどり着く涅槃。再上映希望!パンフには大場正明、斉藤環らの寄稿にキーワード集も。#PATUREVIEW #映画パンフは宇宙だ pic.twitter.com/bAPEmkReZM— パンフマン/Pamph-Man🪩 (@pamphman) August 29, 2021
『ウェイキング・ライフ』 (2001)
リチャード・リンクレイター監督によるアニメーション映画。小さいケースに蛇腹折り2種類のパンフレットが収納。ガーデンシネマ・イクスプレスシリーズの一つ。ビフォア三部作の二人も登場。#PATUREVIEW #映画パンフは宇宙だ pic.twitter.com/O0Tuc0ZRIA— パンフマン/Pamph-Man🪩 (@pamphman) August 29, 2021