パンフはより深く作品と社会を考え、世界と自分の新たな関係を結ぶためのヒント集
近年、外国人技能実習生にまつわる劣悪な労働環境などが社会問題として注目されているなか、日本で働くベトナム人女性たちの姿を描いた『海辺の彼女たち』が今年5月から劇場公開されている。公式パンフレットにはプロデューサーの渡邉一孝さんが編集で関わっている。渡邉さんと「編集研究所」名義で共に編集に携わった寺岡裕治さんの二人に映画パンフレットへの想いを伺った。
ゲスト:渡邉一孝さん(映画『海辺の彼女たち』、株式会社E.x.N代表)、寺岡裕治さん(「編集研究所」名義で共同編集、フリー編集者)
聞き手:パンフマン(映画パンフは宇宙だ!)、鈴木隆子(映画パンフは宇宙だ!)
舞台挨拶の影響
――パンフマン:この度は映画『海辺の彼女たち』のプロデューサーである渡邉一孝さんに映画パンフの制作についてお話を伺う機会をいただきました。ありがとうございました。きっかけは上映後舞台挨拶で本作のパンフ制作に力を入れたとの言葉が耳に残り、オファーをさせていただきました。よろしくお願いします!
渡邉:舞台挨拶をすると、上映後にパンフを購入してくれるお客さんの割合が高いです。舞台挨拶がない上映でも、映画館の環境にもよるのですが大体10%くらいの方が買ってくれているようです。他にTwitterなどSNSによる反響も大きいです。「パンフレットが良かった」とか呟いていただいたりしているのを見つけると嬉しくて、リツイートしています。
――パンフマン:『海辺の彼女たち』と同じ藤元監督の前作『僕の帰る場所』もパンフレットが素晴らしかったです。
渡邉:長野県の上田映劇で『海辺の彼女たち』を上映した時には、もう一本の『僕の帰る場所』のパンフを作品はまだ観ていないのに一緒に買っていただくという現象がありました。『海辺の彼女たち』のパンフと上映後の舞台挨拶が良かったから、『僕の帰る場所』もきっと良い作品に違いないと思って、先にパンフを買っていただいたのかもしれません。うれしいことですね。『僕の帰る場所』にはメイキング映像を収録したDVDも発売しました。
パンフ制作に力を入れた理由
――パンフマン:作品のパンフレット制作に力を入れている理由を教えてください。
渡邉:映画が持つ意味やイメージと自分たちが発信するパンフレットは強く影響しあうものだと考えています。パンフを一つのグッズとして作っているわけではありません。本作では、映画の題材や映画というメディアの性質上他の映画にも多く言えることかもしれませんが、どうしても補足をしたくなることがたくさんあります。映画の作り方自体も特殊なものがありますし、その点についても触れたい。そう意味でも、パンフレットはもはや企画自体と切っても切り離せない一部だったりします。必要なもの全てを含むものを作りたいということでボリュームが出てきました。
――パンフマン:2021年のベスト映画パンフだと思いました!
渡邉:寺岡さん、ベストですって。
寺岡:えーっ、マジですか! 僕は前作『僕の帰る場所』パンフを渡邉さんと共同編集し、今回続けて参加しました。普段は映画雑誌の編集協力をしていますが、作品を「理解・分析」し作品鑑賞と共に読みたくなる記事を作る、という意味でパンフも同じ作業だと思います。雑誌は主に鑑賞前、パンフは観賞後を意識して編みます。
渡邉:『僕の帰る場所』でのフォーマットを『海辺の彼女たち』のパンフでも踏襲しています。
寺岡:藤元監督の演出スタイルは、余計な説明をしないんですよね。そしてテーマにべったり寄りすぎない視点から、社会的問題を孕む人物と出来事をみつめます。法・制度・国家・文化の相違などが問題化されますが、劇中では説明がない。なので感性的・感情的な理解のあと、いざ映画の内容を言葉を駆使して考えたいと思っても、自分に前提知識が欠如していることを知らされる。「知識の欠如を教えてくれる映画」です。なので観賞後、言葉の渇望感が芽生える。そこを補うのがパンフの役割だと思いました。映画を語ることが現実社会を語ることと不可分な作品だから、パンフはより深く作品と社会を考え、世界と自分の新たな関係を結ぶためのヒント集にすべく編みました。
映画のロケ地
寺岡:鑑賞体験きっかけで社会体験が広がったら面白いですよね。『僕の帰る場所』パンフでは、映画を観て少しでもミャンマーの人や料理に接する機会ができたら楽しいと思ったので、監督ゆかりの高田馬場のミャンマー・レストランや周辺のガイドを掲載しました。すると実際に行った人がFacebookに投稿してくださって。嬉しかったです。
渡邉:『海辺の彼女たち』でもパンフを観てロケ地にいった人もいました。パンフに載せた「ロケ地からの声」への反響も想定以上でした。
――パンフマン:ロケを行った青森県外ヶ浜町の町長さんの言葉があるのに驚きました。
渡邉:初めは「行政側の人間が販売物に言葉を寄せるのは遠慮したい」と言われました。ロケ地の地元のみなさんや役場(町長)からの許可や支援が映画の成立に多大に影響していてそのことを残したい、さらには当パンフが商業性の度合いが高いものではなく、長く読み継がれる教科書のようなものであることなど様々に説明し、掲載の許可をいただきました。
寺岡さん:地元の漁師さんの言葉の荒さを町長さんがフォローしているのも、面白かったですね(笑)。また撮影現場を知らない側からすると劇中ポジティブな意味で登場するわけではないロケ地の提供者と作り手がどうコンタクトを取ったのか、気になるところです。どういう考えを持って場所を提供したのか、理由が記されているのは意義あることですよね。
プロデューサーとしてパンフに関わる
――鈴木:本作はドキュメンタリーではありませんが、彼女たちの体験を一緒にしているように感じるリアルな作品でした。映画に登場する技能実習生の存在は以前から知っていましたが、確かに観た後に情報が欲しくなりました。でも、その感覚は映画に対しての物足りなさではありません。知らないことを知れたパンフレットは本当に教科書のように拝読いたしました。内容や企画はどのように決めたのでしょうか。
渡邉:自分たちが伝えたいことだけにならないよう、相談して、こういう要素があれば読者も関心があるのではないかと考えながら決めました。基本的には「監督」「ベトナムと日本の国際共同製作」「インディペンデント性:自社での製作及び配給」「題材の特殊性」などが重要な要素としてあります。それらを紐解きながら、台割に当て込んでいきました。自分たちで説明できるところは自分たちで、他の人たちの力を借りるところは手伝ってもらいながら完成させていきました。
――鈴木:作っている側からすると、この要素は入れたいけど読者にとってはマニアックすぎるかもという内容があるかもしれません。その辺の線引きはどのようにされていますか。
渡邉:プロデューサーが関わっているということが大きいかもしれません。作品を様々な場所で、この映画はこういう映画ですよとプレゼンする機会が多くて。誰に響く要素は何か、外部に対して重要ではないものは何か、が分かってくるので、そこまで迷いませんでした。
寺岡:渡邉さんは内部の視点、僕は外からの視点。視点を交差させてパンフを編んでゆきました。僕は前作のパンフに関わるまで、渡邉さんも藤元監督もまったく知らなかったんです。どんな人がどういう経緯で在日外国人問題にコミットしつつ、こんな映画を撮っているのか? 関心を持ちました。僕の側からは、そんな直感的な興味を手掛かりにパンフを考えていった気がします。
渡邉:他にデザイナーの村松道代さんがトータルの意見を出してくれました。単にデザインを受け持つという枠からはみ出すような意見が映画のパンフと相性が良く、力が宿って、有機的なものに仕上がっていきました。
寺岡:一作目は難民申請中のミャンマー人家族、二作目ではベトナム人技能実習生を撮った若き映画監督の存在が気になり、人間的な興味を持って作った記事もあります。「こんな人もいるのか、この社会もちょっとは面白いじゃん」と思ってもらえたらいいですね(笑)。
渡邉:パンフの内容をよくしたいし、長く読まれ続けるものにもしたかったので、入稿ギリギリまで粘って、採算度外視で作り上げました。
構成について
――パンフマン:パンフにはイントロダクションがまずあって、その次にストーリーではなく、作品の背景が載っている解説があります。その構成が特徴的だと思いました。
寺岡:映画を観終わって「まず、これを知りたくなった!」と実感した情報をパンフ冒頭に、と話し合ったんです。でも、パンフって限界ある出版物とも思うんです。映画と分離して在りえない。自立した一般書籍とは全然別物です。だからこそパンフには「自己完結しない本」としての力を発揮させたい。思考のための情報、ブックガイドやタウンガイドを入れたのは、ページを開くと「近い未来の自分の行動への想像が膨らむもの」にしたいから。ファッション誌を読んでその服を着た自分を想像したり、デートコースの記事からその場所に行ってみたいと想像するのは楽しいですよね。それと同じで。映画からパンフへ、パンフから未知の本、未経験の行動、新たな思考へ。一本の映画から体験がどんどん広がっていくようパンフで演出できたら。特に藤元-渡邉作品は実社会と地続きなのでそこが工夫のしどころ。
渡邉:飾る用に購入してくださる方もいらっしゃるのですが、パンフをちゃんと読んでくれている人が多い印象です。情報への渇望感が証明されていると感じています。
寺岡:チャラさを抑えて、観賞後気になる情報を詰め込んだので、読み物に没入してもらえるかな、と。
渡邉:もちろん表紙がいいからとデザイン面から購入したという方もいらっしゃいます。
寺岡:とにかく藤元映画って、作品だけでもパンフ読んでも完結しない。そこを大事に考えたいです。
渡邉:観た後に自分では何ができるのか、パンフがない状態でも思うところですが、パンフによってさらに自分のことや社会のことを考える機会にしてもらえると嬉しいですね。
文章について
――パンフマン:何人かの寄稿が掲載されています。それぞれ「note」「letter」「colum」「review」「report」「voice」と分かれていて、いろんな方からの視点、文章が載っているのも読んでて考えさせられました。
渡邉:ありがとうございます。映画を語る角度の多さや分布を大事にしました。村松さんがそういう見出しを入れてくれました。
――パンフマン:長崎大学の学生が感想文を寄せていましたね。
渡邉:前作に引き続き、大学の学部が映画に協賛しているのですが、学生さんと監督が話をしたと聞き、学生たちの考えていることをもっと知りたい、パンフに含めるのはどうか、となり掲載いたしました。
寺岡:藤元作品を考えると、どうしても現実を考えることになる。多様な視点から照し甲斐がありますよね。
渡邉:映画の世界と実社会は地続きに感じれるかどうかは鑑賞者の想像力によりますが、映画のパンフはその地続き感をより感じれるように助けてくれるものだと思います。
作品に寄せられたコメント
――パンフマン:パンフレットに映画を観た方々からのコメントが掲載されているのは嬉しかったのです。チラシだけにしか載ってない場合もありますので。
渡邉:パンフ制作後にいただいたコメントもあって、全て掲載できたわけではないので、そこは申し訳なく思っています。作品に対して、自然に色んな方からコメントが集まってきて、嬉しかったです。
――パンフマン:表4にエンドロールで流れるクレジットが全て載っているのも嬉しかったです!
渡邉:本音としてはプロデューサーとしては作品の裏側全てを曝け出すことになるので、恥ずかしいのですが、感謝の意味を込めて掲載しています。
――パンフマン:プロデューサーの方がパンフに関わっているのは珍しいと思いました。
渡邉:配給宣伝を行う際パンフレットは誰が作る、などと考える前にやったことがない中で、前作のパンフを作りました。それがいい意味で続いているという部分はあります。パンフには自分の文章も載せていますが、その時の認識を書くことで、作品の位置付けをしています。以前あるプロデューサーの方から、「文章に残して作品の価値、ポジションを定めるのは大事」と言われたことが思い出されます。
――パンフマン:制作に当たって他に参考にしたパンフはありますか。
渡邉:特に参考にしたわけではないのですが、最近の映画パンフのトレンドはこういう感じなのかなと『さとにきたらええやん』、『アイヌモシリ』、『二重のまち/交代地のうたを編む』などのパンフを見たりはしました。どれも、題材に対して誠実で、似たような精神を感じたものばかり。パンフにも熱量があってこちらも負けてられないと思いました。
――パンフマン:これからの次回作にも期待しています!