文=小島ともみ
12月に入り、右肩上がりの都内感染者数に、変種やら新種の侵入。「友達の友達の知り合い」ぐらいの陽性反応が、「友達」や「知り合い」にまで迫り、「無事に」開催できるかどうか、頭を悩ませる毎日だった。連続上映『ハッピー・デス・デイ』&『ハッピー・デス・デイ2U』inシネマート新宿、予想よりもたくさんのお客様に足をお運びいただき、つつがなく終えることができた。まずは、このたびの上映のご許可をくださった配給元の東宝東和さん、ご助力くださった宣伝担当の方、上映を決めてくださったシネマート新宿さん、そして感染対策へのご理解とご協力とともに映画を楽しんでくださった観客の皆様に感謝します。
観ればパンフが欲しくなり、パンフを読めば観たくなる
『ハッピー・デス・デイ』と『2U』は2017年の夏に一度、日本で公開されている。ただし、期間は各2週間、上映館もごく限られていた。その後、名画座数館でも上映されたが、映画館で観る機会に恵まれた方、そもそも、この映画自体、知る人はかなり少なかったのではないかと思う。ホラーにジャンル分けされはするが、実は一人の女性の心の成長をユーモアたっぷりに、泣かせるツボもふんだんに散りばめて描いた作品。しかも二番煎じになりがちな続編をもって完璧なフィナーレを迎えるという美しさに、SNSなど口コミで人気が高まっていく。ところが、残念なことに、パンフレットが存在しない。それならば、パンフレットに代わる何かを、ということで立ち上がったのが、映画パンフは宇宙だ!が発行する映画の副読本PATUFan×Zineレーベルでの冊子制作だった。
1作目は犯人は誰かに焦点を当てたミステリ風のホラー、2作目は同じ仕組みをぐっとSFに寄せて再構築する鮮やかな手法の素晴らしさを、どうすればより深く伝えることができるだろう。そこで各界の専門家にお力添えいただいた。推理作家の山口雅也さんは、ホラー史を紐解きながら、一見ライトに感じる作品の根底に息づくクリストファー・ランドン監督のホラー愛を明らかにしてくださった。大森望さん、堺三保さん、添野知生さん、柳下毅一郎さんによる“SF研OB”座談会を皮切りに、東北大学大学院、大関真之准教授の量子力学的解説とSF方面は完備。全編に漂うユーモラスな雰囲気をしりあがり寿さんが漫画にしてくださり、とはいえ、あくまでホラー。夜住アンナさんが“死体写真アート”で「何度も死にながら復活する主人公ツリー」を表現してくださった。粘り強く(ゼロからのスタートで)交渉を重ねた結果、クリストファー・ランドン監督への独占インタビューも実現することができた。ツリーの誕生日にちなんで価格を918円にした限定の「特別版」には、映画の世界を楽しむボードゲームを付録でつけた。このゲームも、どうせ作るなら本気でと、ゲーム作家で文筆家の山本貴光さん、相棒で文筆家の吉川浩満さんにアドバイスをもらいながら、しっかり遊べるものを目指した。メンバーの協力を得て、100%思いどおりの冊子を作ることができたわけが、そうするとわき起こる「もう一度、劇場で観たい」願望。昨年日本公開の作品なので、国内上映権はまだあるだろう。でも、一体幾らかかる? 個人で買うことは可能? 権利を得たとして、どこで上映する?
上映権は個人でも買える
配給会社さんの方針や、海外作品の場合、配給元の条件にもよるのかもしれないが、映画の上映権は個人でも買うことができる。当然のことながら、大作であればあるほど、値段も高い。ジャンル映画とはいえ、ブラムハウス・プロダクションズという今や大手制作会社の作品である『ハッピー・デス・デイ』、続編まで含めるとなると、とんでもない金額になり、とても個人の手には負えない。最初の一歩で詰んだ…と青ざめたが、配給会社さんからご提案をいただいた。上映可能な映画館があれば、そことの交渉次第で上映はできるという。何館かお尋ねして、ゴーサインを出してくださったのが、シネマート新宿さんだった。年内の上映をお願いしたところ、候補日としていただいたのが12月29日だった。あと、1カ月!宣材、イベントの具体的な内容、詰めなければならない部分に比して、準備に使える時間が短い。年の瀬とはいえ、できるだけ多くの人にご来場いただくにはどうすればよいか。「映画パンフは宇宙だ」のメンバーに呼びかけ、上映イベントチームを組んだ。
ランドン監督は「強い女性」がお好き
本作以外のランドン監督の作品(脚本のみ含む)をご覧になった方ならば、ある特徴に気がつくだろう。主役クラスの女性キャラクターが、みなおおむね強い。単に肉体的な強さではなく、精神的に自立していて、自分の意見と考えに基づいてみずから行動を起こすことができる。『ディスタービア』でシャイア・ラブーフ演じる、謎の殺人鬼を追うケイルの隣人“アシュリー”、『ゾンビーワールドへようこそ』でスカウトの少年3人を牽引してゾンビ退治に臨む“デニース”。まごつく男の子たちの尻を蹴飛ばして、あるいはグイグイ手を引っ張って前進する、魅力ある女性の姿がそこにある。インタビューでランドン監督は「強い女性が大好きだ」と述べており、『ハッピー・デス・デイ』の主人公ツリーにも、その嗜好は反映されている。でも、なぜ(ある意味)性悪なキャラクター設計にしたのかという詳細はファンジンのインタビュー記事にあるので、興味のある方はぜひ読んでほしい。強い女性が縦横無尽に駆け回る映画ならば、上映後のトークショーには、ぜひ女性に登壇してもらいたい。
これは私の少なく狭い見識による印象のせいかもしれないが、ジェンダー問題を扱っているとか、女性が直面する困難をテーマにしているといった具合に、「女性の○○」という冠付きの作品でもない限り、映画のトークゲストで女性がメインになる機会は多くないように思う。あくまでサブ的な形であらわれ、終始、男性ゲストの聞き役に徹するような役回りのときもある。もっと普通に、当たり前に、女性がメインになる場があってほしい。本来なら、「女性がメインに」、なんて無粋な言葉は使わなくとも、性別の関係なく、テーマに即した人がその専門性や知識を披露する機会を適切に得られる世の中になってほしい。理想はそこにあるけれども、現状はまだまだ、スタートラインに立つことすらできない、立っても女性は一人であとは全員男性なのだと思う。だから、このイベントは何がなんでも女性にお願いしたかった。
いざ候補を探し始めてみたら、才あり、魅力ある方々がたくさんいらっしゃった。その中でも今回は、日本で数少ないスラッシャー映画(これは記事には含まれていないが、ファンジンのSF研OB座談会のなかでも指摘があった)の作り手である朝倉加葉子さん、そして、人気声優であり、最近ホラー愛を惜しげもなく全面に推しだしていらっしゃる野水伊織さんにお願いした。作り手と受け手、よいバランスだと思った。ところが、とんでもない落とし穴が待ち受けていた。
「職業…何でしたっけ?」ツッコミの連帯
朝倉加葉子監督といえば、昨年話題を呼んだ猟奇殺人鬼の女の子に恋するさえない男の子の恋物語『羊とオオカミの恋と殺人』や、『ドクムシ』で知られるホラー映画界新進気鋭の監督。学生残酷映画祭の審査員もお務めになっている。野水伊織さんは、声優業と並行してホラー映画関連のイベントに登壇されており、良いお声で「臓物」だの「血まみれ」といった言葉がポンポン飛び出すギャップがたまらない。お二人の初顔合わせは、ランドン監督の新作『ザ・スイッチ』の試写会から始まった。試写会終わってお迎えにあがり、打ち合わせ会場に向かうタクシーの後部座席で、初対面にもかかわらず意気投合するお二人。その楽しげな会話に耳を傾けるのみでひとり助手席に座る寂しさともどかしさ…。しかし、おかげで場は温まり、私の用意したざっくり過ぎるトークショー台本がお二人の軽快なやり取りでどんどん具体化されていく。お仕事柄、朝倉監督がホラー、スラッシャー映画に精通しているのはうなずけるが(それでも出てくるタイトルや人物名がおそろしくマニアック!)、即座に返せる野水さんの深淵に驚かされた。ホラー映画にはあまり詳しくないという野水さんのマネさんの驚きの合いの手がまた絶妙で、血肉の話でこんなに和気あいあいできるなんて!と打ち合わせを忘れて聴き入ってしまうほどに面白かった。遠慮がちな対談になってしまうのでは…は私の完全な読み誤りで、当日はお二人にお任せすれば大丈夫だと嬉しい誤算に気づいた瞬間だった。
当日もこの楽しさは直前の打ち合わせから再現された。お二人にはあらかじめ3本ずつ、正月休み家で楽しむホラー映画のお薦めを用意していただいたのだが、選が尋常でない。私もホラー映画好きを自認してはいたが、もう恐れ入ります…と頭を垂れるほかないラインナップだった。マニアックでありながら、朝倉監督「スラッシャー映画」、野水さん「怖すぎないエンタメホラ-」にぴったりの作品。それぞれ作品名をチェックする程度だったはずが、またやり取りが深まってしまい、登壇の時間は間もなく。時計をチラ見して無粋に会話を中断しなければならないのがつらかった!この控え室トーク自体、場内に流してほしいほど。ホラー映画グッズの蒐集が趣味という野水さんは、『ハッピー・デス・デイ』のあのベビーフェイスのマスクと、血に見立てた赤い水が内部でうごめくプラスチック製のナイフをご持参くださった。あの殺人鬼のいでたちで登場してくださるという。そんなふうに野水さんからホラー愛がこぼれるたび、朝倉監督から入る「野水さん…職業、何でしたっけ?」のツッコミが笑いを誘う。これって、今年さまざまなところで目にした「シスターフッド」な関係そのものではないですか…。
日本の定番は世界の非定番!
そして始まったトークショー。夜遅い時間にもかかわらず、ほとんどのお客さんが残ってくださった。上映が終わったばかりの『ハッピー・デス・デイ』について、お二人のコメントで印象的だったのが「さまざまな死に方をとにかく楽しい方法で見せてくれる」という言葉。主人公が何度も死ぬことで話が進む本作、描き方によっては物議を醸しそうな場面も、ユーモアとテンポ、何より主人公ツリーのポジティブな性格で完璧なエンタメに仕上げている。何度観ても楽しい理由の新しいひとつを発見した思いだった。
話は、ランドン監督最新作『ザ・スイッチ』におよび、朝倉監督から驚きのエピソードが披露される。入れ替わりスラッシャーという案を形にした『クソすばらしいこの世界』はロスで撮影が行われ、俳優も一部を現地で探されたとのこと。その際に、「魂が入れ替わる」発想が、説明してもなかなか理解されなかったという。野水さんからも「コメディ映画ではあるけれども、ホラーにはないかも」というご意見あり、私も乗り移りや乗っ取りの作品は観たことがあるけれども、入れ替わりホラーはお目に掛かったことがないことを思い出した。入れ替わりスラッシャーの先駆けと呼んでよいのでは、と申し上げたところ、「いやいや、それは勘弁してください…」とどこまでも謙虚な朝倉監督。「だから、ランドン監督とブラムハウス、思いきった設定で、しかもその設定がきちんと受け入れられるように描いている工夫が凄い」と『ザ・スイッチ』を絶賛。野水さんからは「ただ入れ替わるおかしさだけでなく、そこに意味があるところがいい」と、ドラマ性の高さに感嘆の声が上がった。そして二人が声をそろえて強調したのが「『ハッピー・デス・デイ』をパワーアップしたゴア描写。でも、ユーモアがあるので楽しんで観られる」こと。年明け15日から全国で公開される『ザ・スイッチ』、『ハッピー・デス・デイ』でランドン監督を知った人もぜひ!
時はあっという間に流れて残り10分を切り、それぞれお薦め映画を披露いただいた。フリップボードは野水さんのお手製。ディテールが凝っているので、ぜひご覧いただきたい。
朝倉加葉子監督お薦め映画
野水伊織さんお薦め映画
6作品とも、現在、配信か盤レンタルで視聴が可能。締めくくりに今回の上映用にリプリントしたポスターを抽選でプレゼントし、少しだけ時間をオーバーしてイベントを無事に終えた。本当なら後半のお薦めホラー映画のパートだけで、もう30分でもお話いただきたかったほど、実り多いトークをしてくださった朝倉監督、野水さん、ありがとうございました。ご来場くださった皆さんには、楽しさの余韻に浸っていただけるよう「映画パンフは宇宙だ!」刊行の『ハッピー・デス・デイ』ファンジン、“人喰いツイッタラー”こと人間食べ食べカエルさんにご執筆いただいた「デスデイ新聞」(こちらも短期間で完璧な内容に仕上げてくださり感謝!)をお持ち帰りいただいた。
ひとつ大事なことを書き落としていた。声優・エッセイストで先ごろ初のSF小説『オービタル・クリスマス』を発表された日本SF作家クラブ会長・池澤春菜さんよりビデオコメントをいただき、『2U』上映前にスクリーンで上映した。ホラー一転、SF方面へ舵を切った『ハッピー・デス・デイ』2作をつなぎつつ、意外な視点からの“3”を大予想する素晴らしい内容。ご来場くださった人だけが楽しめる素敵なプレゼントになった。
小説版『オービタル・クリスマス』はこちらでお読みになれます。
最後に。緊張の高まる状況のなか、イベントを安全に実施できるよう、検温、消毒、誘導と劇場スタッフに混じって現場を手伝ってくれたPATUメンバーへ。ワガママと暴走で私が道を踏み外すのを引き留めつつ、夢の実現に尽力してくれて本当にありがとう。奇妙な一年の終わりに、最高の劇場体験ができたことに感謝します。