映画パンフは宇宙だ!

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ひょうたんからコケシ!

文=小島ともみ

松本大樹監督がTwitterで新作のクランクアップを告げた7月半ば。気軽に「おめでとうございます!」と書き込んだら、「相談したいことがあります!」のコメントに、何事かとドキドキ。映画宣伝の片棒を担いでいる身の上につき、宣伝を手伝ってほしいということかな、なんて思っていた。ほどなくして監督から、「この作品のパンフレット制作を依頼させていただくなんてことは可能でしょうか」とメールが舞い込む。映画パンフは宇宙だ!の一員でありながら、正直、予想もしない方面だった。

血湧き肉躍るモーメント!
まずは作品を拝見する。意味ありげなタイトルと、監督が小出しにつぶやいていた情報から、勝手にホラー作品だと思い込んでいたら、ぜんぜん違った。

監督は緊急事態宣言が解除された直後の5月末にこの『コケシ・セレナーデ』の撮影を開始したそうだが、当時を思い出してみてほしい。誰もが、外に出るときには緊張感に包まれていたんじゃないかと思う。往来で向こうから人が近づいてきたら、こちらもあちらも、反発する磁石のようにツイっと左右に大げさな距離をとる。コホンコホンの咳き込みを耳にして心臓が跳ね上がる。未知のウイルスという見えない敵への漠然とした不安と、不安が重なっての疲弊が世に広がっていた。そんな張りつめた空気のなか、かつ、この先どうなっていくのか誰にも知れない状況で映画の撮影に踏み切っただなんて、今考えてもすごいことだ。

話は脱線するが、そんな『コケシ・セレナーデ』を観て思い出したことがある。
私は30年来、あるバンドを一途に追っている。ウェールズ出身のManic Street Preachersだ。幼なじみ4人で結成されたこのバンドは、「二枚組30曲のデビューアルバムで世界ナンバーワンになって解散する」と怪気炎をぶち上げて、ファーストアルバムの“Generation Terrorist”とともに世に飛び出てきた。扇情的な宣伝はイギリスの老舗音楽誌NMEからも揶揄され、正気の沙汰かと小馬鹿にする気配すらあった。結果は、UKチャートで最高13位、彼らをわりと好意に受けとめる人たちの多かった日本でも60位。ちなみにこの年のUKナンバーワンアルバムはSimply Redの“Stars”だった。2位以下にはLionel RichieやCher、Michael Jackson、Genesisなど錚々たる顔ぶれが並ぶ。こんななかでよくも1位が取れると思ったものだ。それでも、当時の(少なくとも私のまわりの)UKミュージックファンは、ふざけた連中だと思いつつ、何かすごいことをしでかしてくれそうだと胸躍らせたものだった。実際、そのアルバムはパンクを基調にし、ボーカルでギタリストのフロントマンJames Dean Bradfieldのたしかな音楽性が息づき、弾け、ほとばしる力強さに満ちていた。こんなふざけたプロモーションなんか打たなくてもよかったんじゃないか。
時の寵児から一転、“負け犬”となった彼らだったが、解散はしなかった。さんざん叩かれはしたけれども、黙々と活動を続け、1年後には2枚目のアルバム“Gold Against the Soul”を出す。いまやキワモノの極みみたいな扱いを受けていた彼らのセカンドアルバムへの期待は、当然ながら低かった。ところが。前作の乱痴気騒ぎなどなかったかのように、この2枚目はものすごく真面目でストレートな、ただしジェームズの持ち味がさらに色濃く反映されたロックアルバムに仕上がっていた。聴いたときに、彼らはやっぱり本物だと思った。

『コケシ・セレナーデ』を観て、同じことを感じた。松本監督は「ラスト10分、映画が壊れる」と『みぽりん』を世に送り出した。その刺激的な宣伝文句に興味を引かれた人も多かっただろう。蓋を開けてみたら、『みぽりん』はとても丁寧に作られた作品だった。スティーヴン・キング原作の『ミザリー』から得たインスピレーションを敷きに、地下アイドルの光と闇と希望を軽妙に織り込み、正統派スリラーの一面も見せる。音楽の使い方にも驚かされた。映画はぜんぜん壊れていなかった。これが、私が松本監督とその作品に惚れた理由だ。2作目が楽しみになったのと同時に、大変だろうなとも思った。“奇抜なことをやらかす監督”というイメージがついてしまっただろうから。しかし松本監督は、そんな偏見も、さらにはおよそ映画づくりに関してほとんどが制約を受けるコロナ禍のまっただ中というハードルも飛び越えて『コケシ・セレナーデ』をつくりあげた。
あらすじはぜひ公式サイトで確認してほしいのだけれど、ひと筋縄ではいかない怪作ではある。そこには、私たちがこの年に経験した奇妙でやるせない雰囲気や、やり場のない怒り、絶望が込められ、それらの負の感情をやさしく包み込む、メッセージ性の高い内容となっていた。もちろん、松本監督持ち前のユーモアはいかんなく発揮されている。

パンフレット制作の依頼を受けたとき、最初は、監督の遊び心にならって、少しくだけたものにしようかと台割を組んだ。でも、何か違うと思った。エンターテインメントの形をとりながら、コロナ禍に立ち向かい、監督が伝えたかったこと。その想いに寄りそうものにしたいと考えてできあがったのが、A5サイズで手になじむ質感のパンフレットだ。身内褒めの気持ち悪さをお許しいただいて、私の迷走と紆余曲折に乱されることなく、コツコツと地道に作業を進めて作品にぴったりの装いに仕上げてくれたデザイナーのdaieさん、作品のもつ空気をくみ取った素晴らしいコラムを寄せてくれたライターの竹美さん、その他、膨大な量の文字校正に取り組んでくれたメンバーに心から感謝します。松本監督も、公開にあたって宣伝ほかさまざまな事務仕事をこなすご多忙のなか、求めに応じて迅速に必要なデータをご提供くださり、ありがとうございました。とても恵まれた環境で、思うとおりにパンフレットを制作することができた。

終わりに。あいだにダラダラと音楽の話を書いたのは、『コケシ・セレナーデ』はまた、音楽的に優れた作品であるからだ。今年公開された『ようこそ映画音響の世界へ』を観て、映画における音響、音楽の重要性をあらためて実感した人もいるだろう。音楽を抜きにして『コケシ・セレナーデ』は、また、松本監督の作品は語れない。だから、パンフレットも音楽推しの内容にした。QRコードを読み取って主題歌ほか数曲を聴けるページ、松本監督、主演の片山大輔さんの音楽談義もある。実はサントラも発売されるという。ジャケットは、パンフレットにも寄稿くださった松本監督の盟友、宇治茶監督。不気味可愛く温かみのある画もまた、映画の世界を端的にあらわすものになっていると思う。ぜひパンフレットとセットでそろえてほしい。
残念ながら、これを書いている時点(12月11日現在)で、『コケシ・セレナーデ』の東京、関東での上映はまだ決まっていない。パンフレットが作られない作品も少なくない昨今、インディペンデント映画でありながら、私たちの愛するパンフレット制作を決め、かつ、ご依頼までくださった『コケシ・セレナーデ』は、映画パンフは宇宙だ!にとっても特別な作品になった。メンバー一同、映画館で観られる日が来ることを心から願っている。

『コケシ・セレナーデ』公式ウェブサイト

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