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【PATU REVIEW】今更『glee』? ライアン・マーフィーの毒と愛 ~『ザ・プロム』~

文=竹美

 

リベラル・オバマ期を代表する「負け犬」解放ドラマの金字塔、高校を舞台にしたテレビシリーズ『glee』の熱狂は既に10年前。同作は、色々な時代のポップ音楽やミュージカルの歌と辛口のギャグを織り交ぜ、「自分らしく生きる」ためのエンパワーメントを描いていた。現実に出くわす困難にはまず自分で打ち勝たなければならないとも教えていて、決して「優しく」はない。また、「自分らしく」をやり過ぎる人の滑稽さを意地悪く描き出してもいるのが、同作の製作者ライアン・マーフィーの面白さだと思う。

さて今回ライアン・マーフィーは、Netflixで『ザ・プロム』を発表した。

インディアナ州のとある高校。女子高校生のエマが「彼女と一緒にプロムに出たい」と言ったことに反発した同校のPTAがプロムの開催を中止させてしまった。そのことをツイッターで見つけたのが、ニューヨークのブロードウェイで活躍するも、少々落ち目のミュージカル俳優たち。「ここに乗り込んで彼女を助けてあげれば、皆の話題になって人気が戻って、トニー賞ももらえるかも」。身勝手な下心満々の彼らが高校に乗り込んでいく。結果、プロムは開催されたが…。

オバマ期に「当たり前よ」となったのかと思っていた「年若い同性愛者を公共空間にどのように迎え入れるか?」という点が未だに争点となるアメリカ。つまり現状は大して変わっていないということ。「これはサベツじゃないんだ」と言いながらプロムの開催を阻止したり、意地悪したりするインディアナの「信心深い」人達のところへ、NYのスター達が「正しさを教えてやるよ」と乗り込んで行く構図。一方的で何かすごくきな臭い。自身もインディアナ州出身のゲイであるライアン・マーフィー(以下、ライア姐さん)は、もちろん立場としてはNYの俳優の側に立っているのだが、その業界の胡散臭さについて黙ってられなかったんだろうか。「田舎で周囲から浮いてしまった若者たちがニューヨークで成功する」という立身出世ザマミロ物語『glee』を描いたライア姐さんだけど、ブロードウェイに行った田舎の若者たちが「身勝手で何でも自分のために利用する寂しい大人」に堕してしまった様子を沢山見てきたってことなの?姐さん。芸能界のバックステージものは、かつてハリウッド映画の王道(ジュディ・ガーランド主演『スタァ誕生』(1954年)等)のジャンルだったが、SNS時代にはずい分えげつなく出てきてしまう。

ライア姐さんは『glee』の成功の後に『アメリカン・ホラー・ストーリー』というホラードラマシリーズをヒットさせた。同シリーズ『カルト』(シーズン7、2017年)は、トランプ期のある種の熱狂を表現している。子供を育てるレズビアンのカップルの前に、カリスマ性を宿した青年が登場、彼らの関係を脅かす。やがて青年の周りには「白人の若い男性のみ」のカルト集団が出来上がり、テロを計画する…という内容だった。トランプ期、ハリウッド界隈はかなり盛り上がっていた(バイデン時代にはどうなるか)。ライア姐さんもこの流れに乗ったと見える。だが彼の面白いところは、『glee』の人気キャラ、ゴリゴリの保守派のスー・シルベスター先生に、リベラル的価値観を揶揄・批判する辛口セリフを大量に言わせてしまうようなところ。黙ってられないのね、多分。リベラル側に立ちながら、ついつい辛口な文句を言いたくなってしまうのがライア姐さんなのかもしれない。竹美さんはもちろん文句オネエですよ!

さて、私が個人的に本作について嬉しかったのは、何と言ってもねぇ、メリル・ストリープ大先生がブロードウェイ風ミュージカルシーンを外連味たっぷりでやってくれたことよ!!!ライア姐さん、ありがとう!!!!そうよ、『永遠に美しく…』(1992年/ロバート・ゼメキス監督)で中途半端にしか観られなかったミュージカルシーンの続きを見せてくれたのよおおおお。興奮で正気を失ってしまったが、同作でメリル大先生が演じたマデリン・アシュトンという女優は、身勝手ないけ好かないビッチキャラで落ち目の大根役者っていう、ゲイ的な悦びだけでできたようなキャラ。私ね、同作が好き過ぎて、高校時代にVHSに録画して何度も見たし、妹と二人でマデリン・アシュトンの小芝居の真似をしていたくらい(『ある九州男児の真実』)。でもね、ゼメキス監督にはオネエセンスが足りなかったのねー、最後が説教臭くて、「女は怖い」の系譜に落とし込んだのがちょっと物足りなかったの。もっと歌い踊るメリル大先生を観たい。せっかく目ぇ見開き過ぎのゴールディ・ホーンもお腹に大穴開けて暴れてくれたのに…。そういう25年間位の皆の(私の)気持ちを分かって下さったライア姐。

最後までよく分からない使い方をされているのが、ニコール・キッドマンことニコキ。始終影が薄い。役柄はコーラスガール止まりの女優ということなのだが、こんな逸材をコーラスガールに置くなんて無駄遣いが好き。ニコキは軽薄な役をやると本当にそう見えて存在感まで喪失してしまうのが面白い。彼女が力むと、やっぱりね、監督もほいきたとばかりにクローズアップで撮りたくなるし、我々もハンカチの用意ができてしまうので、メリル大先生との間でバランスが難しいのね!だから『めぐりあう時間たち』(2002年/スティーヴン・ダルドリー監督)で共演しても同じシーンには出ていないのね!!!?

本作は、予想するに、ブロードウェイの事情を知っている人にとってもクスクス笑える内容になっているのだろう。「宗教の教えより常識で考えて?!」みたいな妙な歌詞と展開は、もしやブロードウェイ作品への風刺なんだろうか。そうでありつつ、意地悪かった同級生たちが突然リベラル的な方向に思想転向していく様子がミュージカルシーン(つまり幻想)で表現されていて少し不安を感じる。エマの高校の校長先生(キーガン・マイケル・キー)も、夢を壊されたのに、そんな簡単に赦しちゃっていいの?とか。何だか「現実は知らんけどねー」という意味にも読めてしまって。

正直に言うと、『glee』の最終回を敢えてもう一度観たような気がして、「どうして今この内容なんだろう」という疑問は残ったが、メリル大先生の大サービスと、ジェームズ・コーデン演じるバリーの母親とのエピソードで全て赦してしまったわ!

作品情報

『ザ・プロム』
監督:ライアン・マーフィー
出演:メリル・ストリープ、ジェームズ・コーデン、ニコール・キッドマン、キーガン・マイケル・キー、ジョー・エレン・ペルマン他
2020年/アメリカ
The Prom

関連パンフ情報

紹介者=高城あずさ

『クレイマー、クレイマー』(1979)

『ザ・プロム』でディーディー・アレンを演じたメリル・ストリープ主演 不朽の名作。
24ページ・A4定型

【奥付情報】
提供:コロムビア映画会社
編集・発行:松竹株式会社事業部
定価:400円

 

『ピーターラビット』(2018)

ジェームズ・コーデンが愛くるしいピーターの声を演じた珍作!
今年公開予定の続編にも期待。パンフデザインは大寿美トモエさん。
32ページ・A5変形

【奥付情報】
発行日:2018年5月18日
発行者:大田圭二
発行所:東宝(株)映像事業部
発行権者:(株)ソニーピクチャーズ・エンタテインメント
編集:(株)東宝ステラ
デザイン:大寿美トモエ
印刷:日商印刷(株)
定価:本体667円+税

 

『キッズ・オールライト』(2011)

リングノート型の仕様が目を引く。女性カップルとその家族の絆を描いた作品。
32ページ・A5変形

【奥付情報】
発行日:2011年4月29日
発行承認:ショウゲート
発行:東急レクリエーション
編集:ヘルベチカ
デザイン:古田雅美(opportune design)
印刷:TW
定価:700円(税込)

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