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【TIFF3日目レポート】『トゥルーノース』レビュー国家と思想の前の無力な個人

文=竹美

国家と思想の前の無力な個人

日本統治時代が終わり、朝鮮戦争によって南北に分かれた韓国と北朝鮮は、双子のように生まれ、競い合ってきた。時折日本との過去の歴史を清算したいという克日欲求に突き動かされるとき、二つの国はまるで一つのようにシンクロして我々を驚かせる。しかし、金大中政権以降の「南北和解ムード」の中で脇に置かれた問題がある。北朝鮮の人権問題である。
本作は、戦後の「帰国事業」によって日本から北朝鮮へ帰還した人々がその後どのような運命を辿ったか、という事実に基づいて作られた。『かぞくのくに』(2011年/ヤン・ヨンヒ監督)や『パッチギ!』(2004年/井筒和幸監督)等日本映画でもちらほらと登場する「帰国事業」とは、北朝鮮が在日同胞に対して帰国し建国への参加を呼びかけたもので、1950年代~84年の間に約9万人が帰国したという。
映画は、TEDでプレゼンをする一人の青年のお話から始まる。彼は12年前、北朝鮮から脱出してきたと話す。ときは1995年、ピョンヤンで暮らす比較的豊かで政府からの覚えもめでたい一家が、突如「父親が党と人民に対する罪を犯した」という理由で逮捕、裁判も無く罪状も分からないまま強制収容所に送られてしまう。主人公の少年ヨハン、妹のミヒ、母親、そして少年の友達イスンとの関係、収容所内の様子が描かれる。
警察や公安関連(保衛部という)の人々も普通の人間なのだということが垣間見えることや、ヨハン自身が妹のためにやったことで人に恨まれ、復讐されてしまう様子も描かれ、観ているのはつらい。しかもそれ以上に、意地悪をする収容所の外の子供達(大人がわざわざ子供達に「人民の敵」を見せていると思われる)をヨハン達が出し抜いたり、ヨハンが改心したり、収容所の中でも人間らしい繋がりがあったのだと描いていることで、観ている方の精神は更に追い込まれる。それは、インタビュー動画等で清水監督自身が言及している自らの抱える罪悪感を代弁しているのだと思う。「赤とんぼ」の歌が歌われるシーンは、日本で育った人ならばズキンと来るだろう。ラストに託されたメッセージはとても重い。
収容所において、考えられるおよそ全ての苦痛を与えるパワーのおおもとは一体何なのだろう。脱北者YouTuberの動画や、ブラッドレー・マーティン著『北朝鮮「偉大な愛」の幻』によると、「60年代前半までは金日成への個人崇拝が存在しなかったので、人民の生活を無視した財政運営も無く、比較的経済状態は良かった」と言われている。私は昔学生の頃に北朝鮮の研究をしていた時期があり、ちょうどその時期に刊行された雑誌をメインにしていたため、その感じは正しいと思う。本作でも「昔は最高指導者のためではなく、人民のために働いたものだ」というひん死の老人のセリフが北朝鮮の国旗と共に語られる。
映画は1995年から始まっており、金日成の死後、「苦難の行軍」と呼ばれた大飢饉の頃を描く。政敵を全て粛清し終わった金日成の後継者=孝行息子として浮上することで生き残る他無かった金正日は、金日成の個人崇拝宣伝を主導し、そのために国家財政が圧迫されたと言われる。宣伝と公安権力掌握の結果、人々は「収容所の中の囚人は人民の敵であり最高指導者への反逆者なのだから苦痛を与えるべき」と空気のようにうっすら信じているのではないかと思う。「我が国はいつ韓国や米国に侵略されるか分からない。だから戦いに備え、スパイを容赦してはならない」というようなセリフがすらすら出てきてしまうのだ。外国資本の投入は、共産主義の考え方からすれば、「悪」なのであり、自国が例え飢えていても自立した経済でいることは「正しい」のだ。何の投資もせず、収奪するだけでは国土がどうなるか。中朝国境に立ったとき、目に入ったのは、中国側は木が多い茂り、北朝鮮側には草しか生えていないという恐ろしい対比だった。
オスカー受賞作『パラサイト 半地下の家族』(2019年/ポン・ジュノ監督)の中の北朝鮮ジョークや、韓国ドラマ『愛の不時着』を観て、北朝鮮に対する目線と体感温度に驚いた日本人視聴者は多いと思う。
ざっと韓国語のネットニュースを調べると、本作に言及しているメディアは少ないと感じる(報じないだろうと思った新聞社がやっぱり触れていない)。この作品は、あの映画大国韓国のプチョンファンタスティック映画祭で上映されたというのに。金正恩体制による「北朝鮮は変わった」というイメージ発信の前に、韓国社会はこの問題についてどう反応していくだろうか。当然日本も無関係ではいられない。
そして、国家や思想の持つ恐ろしい力をまざまざと見せてくれた作品であったと思う。

作品情報

監督:清水ハン栄治
キャスト:ジョエル・サットン、マイケル・ササキ、ブランディン・ステニス
公式サイトはこちらから
94分/カラー/英語/日本語字幕/2020年/日本・インドネシア/長編1作目の監督作品

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