文=高城 あずさ(映画パンフは宇宙だ主宰)
複雑、緻密、難解――。
クリストファー・ノーラン監督の作品を語るうえで外せないキーワードだ。
そんなときこそ“映画パンフ”の出番!
「なんかスゴかった」だけではもったいない、ノーラン作品の“分解能”が一気に高まる映画パンフたちを、前編・後編に分けてご紹介。
■“ぼやっとした興奮”にサラバ! 物語の仕掛けを知る『TENET テネット』(2020)
A4変型/全40ページ
2020年9月18日 発行
発行承認:ワーナー・ブラザーズ映画
編集・発行:松竹株式会社 事業推進部
編集:岩田 康平(松竹)
テキスト協力:稲垣 貴俊(キャストインタビュー)
よしひろ まさみち(クリストファー・ノーランインタビュー)
木川 明彦(MISSION、Keywords、山崎貴インタビュー)
デザイン:垣花 誠(kakihanamakoto.com)
志氣 慶二郎(SlowStarter)
印刷:成旺印刷株式会社
本体価格:819円+税
“ノーランパンフ”では『メメント』(2000)に続き2冊目の正方形サイズ。表紙には、主人公(ジョン・デイビット・ワシントン)の“順行と逆行”がモチーフとなったポスタービジュアルが光る。
本パンフを手掛けたのは、過去に『ポラロイド』(2019)でタッグを組んだ編集者・岩田康平さんとデザイナー・垣花誠さん。『ポラロイド』では、小口に“黒い影”が浮かび上がる恐怖の仕掛けで、ホラーファンをあっと驚かせてくれた。パンフファンの間では評判の、『ピクセル』(2015)の表紙が飛び出すスリーブケースを作ったのも垣花さんだ。
『TENET テネット』では主に2C(2色製版)ページを手掛けた志氣慶二郎さん(SlowStarter)は、もともと垣花さんと共に「五次元図案構成」というデザイングループで活動していた。岩田さん・垣花さん・志氣さんの3人仕事は『シャザム』(2019)に続き2度目。今回も、作品世界に呼応した見事な仕事を見せてくれた。
ちなみに垣花さんと志氣さんは過去にも”正方形SFパンフ”を作っている。『LOOPER/ルーパー』(2012)と『 ブレードランナー 2049』(2017)だ。ノーランパンフでは初の正方形パンフだが、おふたりの仕事を追いかけていた人にとっては”SF正方形3部作”と言える!
●垣花誠さんのホームページはこちら
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『TENET テネット』パンフ最大の読みどころは、本編字幕の科学監修を務めた山崎詩郎さん※(東京工業大学理学院物理学系助教)による科学解説コーナー。「クリストファー・ノーラン監督による公式の見解ではございません」と断り書きが入れてあるものの、時間の逆行と「回転ドア」の関係など全6ページにわたり詳細解説がなされている。極めつけは山崎さんによる本作レビューと「翻訳の科学監修の裏話」。 Inversionという単語をいかに日本語に訳したか? 難解なノーラン作品の翻訳にまつわる苦労話はなかなか読めない。貴重なコラムである。『TENET テネット』を観たら、すぐに物販コーナーに駆け込もう!
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■これぞ映画パンフ! 骨太な執筆陣が揃う『ダンケルク』(2017)
A4変型/全46ページ
2017年9月9日 発行
発行承認:ワーナー・ブラザーズ映画
編集・発行:松竹株式会社 事業部
編集:森岡 裕子(松竹)
テキスト協力:小西 未来(ストーリー)
猿渡 由紀(ジャック・ロウデン コメント)
デザイン:飛田 健吾 [アンフィニ アイ グラフィックス]印刷:株式会社久栄社
本体価格:760円+税
ノーラン監督が、初めて実話をもとに描いた戦争映画。
愚直なまでにリアルに作られた本作だが、パンフもそれに呼応するように誠実な構成となっている。
編集を手掛けたのは、『シング・ストリート 未来へのうた』(2015)でレコード型パンフが一躍話題となった森岡裕子さん。テキスト協力には、ノーランパンフ常連の映画ライター・小西未来さんと猿渡由紀さん、そして尾崎一男さんと布陣は最強だ。
IMAX画面のように横広のスチール使いが印象的だ。寄稿者の面々も大変豪華で、押井守氏(映画監督)、白石光氏(戦史研究家)、芝山幹郎氏(評論家)、吉田広明氏(映画評論家)、そして鬼塚大輔氏(映画評論家)が本作をあらゆる角度から斬る。
また後半の「クリストファー・ノーラン解体新書」コーナーでは、ノーラン映画の「構造」について森直人氏(映画評論家)が、「画作り」について尾崎一男氏が、「音」について樋口泰人氏が、そして「音楽」について馬場敏博氏(サウンドトラック・ナビゲイター)がそれぞれ筆をとる。細かい括りだが、ノーラン映画だもの、ここまで“分解”してなんぼである。
■脳汁の受け皿がここに! エモと科学の融合……『インターステラー』(2014)
A4変型/全48ページ
2014年11月22日 発行
発行承認:ワーナー・ブラザーズ映画
編集・発行:松竹株式会社事業部
編集:中居 雄太(松竹)
デザイン:中平 一史 [Viemo]図版制作協力:長澤 良子(P.13)、二間瀬 敏史(P.29)
印刷:日商印刷株式会社
本体価格:760円+税
歓天喜地の大喝采を送りたくなる完璧なパンフ。
ブログ「三角絞めでつかまえて」のカミヤマノリヒロさんも絶賛するパンフ編集者・中居雄太さんと、『天空の蜂』(2015)から『ロケットマン』(2018)まで、洋邦問わず幅広い仕事で知られるデザイナー・中平一史さんがタッグを組んだ。
通常の判型ながら、“エモさ”と情報が見事に共存しており「souvenir program book」(英語で「映画パンフレット」を表すときに最もよく使われる言葉。直訳は「おみやげ本」)の呼び名を体現したかのような一冊。
序盤と終盤に8ページずつ綴じられたスチール(選定センスも抜群である)には、キャプションとして台詞が付記されている。観終わったばかりの人は、1ページ目を開いた瞬間にパンフを一度閉じて、抱きしめ、宙を見上げるだろう。
中盤からは一挙に“読み物”の世界になだれ込む。
ノーランパンフには欠かせない、科学解説コーナーだ。
宇宙物理学者・二間瀬敏史さんによる「現実世界と映画における宇宙航行全足跡」を皮切りに、ワームホール理論の詳細解説を図解で掲載。これが「日経サイエンス」並みの情報量で資料価値が半端でない。
映画ライター・神武団四郎さんによる、映画における“科学の可視化”を検証した記事も面白い。この映画が公開された数年後、日本の科学者によって本物のブラックホールが撮影されることを考えると…… いま読み返せば、さらに“エモさ”が増してしまうのである!
●デザイナー・中平一史さんのホームページ
https://www.viemo.design/
マーベルから北野映画まで。中平さんの職人技を一挙に楽しめる!
■あなたのこと、もっと知りたい! ノーラン大解剖の『インセプション』(2010)
A4変型/全40ページ
2010年7月15日 発行
発行承認:ワーナー・ブラザーズ映画
編集・発行:松竹株式会社事業部出版商品室
編集:高山 理樹、中居 雄太(松竹)
テキスト協力:神武 団四郎
デザイン:五次元図案構成
印刷:日商印刷株式会社
本体価格:800円(税込)
『メメント』(2000)で映画界を騒つかせ、『ダークナイト』(2008)でヒットメーカーとして不動の地位を手に入れたノーラン。彼について語る声々の“騒つき”が最高潮に達したころに公開されたのが『インセプション』(2010)だった。
本作のパンフは、映画ファンたちによる「ノーランをもっと知りたいのだっ!」の渇望に応える作りになっている。LA在住の映画ライター・猿渡由紀さんと小西未来さんが参加し、現地直送の“ノーラン最新情報”が詰まっているのだ。
編集は、『インヒアレント・ヴァイス』(2015)や『舟を編む』(2016)、またタランティーノ作品など伝説のパンフを数多く手掛けるベテランの高山理樹さんと、これまたパンフ界の名手・中居雄太さん。百戦錬磨のデザイン集団・「五次元図案構成」(前出のデザイナー・垣花誠さんと志氣慶二郎さんが当時所属。『インセプション』を主に手掛けたのは志氣さん)が、劇中の“階層”を思わせるユニークな文字組で魅せる。
読みどころはやはり「ALL ABOUT CHRISTOPHER NOLAN」と題された、ノーラン監督の徹底解剖コーナーだ。猿渡由紀さんによる監督インタビューにはじまり、当時のハリウッドにおけるノーランの立ち位置を俯瞰で分析したダイアグラムまで載っている。「映像美」「アクション性」「演技重視」「ドラマ性」の4つの指標で区分けされたなかの、ノーランはど真ん中に君臨する。周囲にはスティーブン・スピルバーグとジェームズ・キャメロン、そしてアルフォンソ・キュアロンの名前が並ぶ。なるほど納得。
細かいポイントながら、プロダクションノートに「ロケ地マップ」と撮影場所に対応するスチール写真が載っているのも嬉しい。視覚に訴えるノーラン遺伝子を引き継いだ(?)パンフ編集者たちの一手間が心に染みる。
■ノーラン長編第1作目! 『フォロウィング』(1998)
B5定型/全8ページ
1998年 発行
発行:アミューズピクチャーズ株式会社 映画配給部
協力・翻訳:石井 美由季
レイアウト:日用
印刷・製本:大洋印刷
本体価格:400円(税込)
ここで少しだけ時空を超えて、ノーラン長編第1作目『フォロウィング』(1998)のパンフを紹介したい。筆者は公開時に8歳だったので、写真のパンフは、2019年末にやっと中古で手に入れたもの。
全8ページというプレスシート並みに薄いパンフ唯一の寄稿者は、かの市山尚三氏! 侯孝賢や賈樟柯といった名だたる監督たちの作品を手がけた同氏が、1999年、審査員を務めたロッテルダム映画祭に出品されていたのが『フォロウィング』だったという。コラムタイトルはずばり「クリストファー・ノーランの“発見”」。ノーラン伝説の幕開けに日本の市山氏が関わっていたとは! 意外な映画史の一コマを垣間見られるのも、映画パンフの醍醐味だとあらためて感じる。
ディレクターズ・ノートには、ノーランの言葉で以下のように綴られる。「物語を時制どおりに描く必要はない。配置のレトリックを用いて言葉の上部を飾るように、もっと面白いテクニックで見せてもいいのでは? 僕の一番の関心事は、統制された情報源としてのナレーティブに対するチャレンジにあったのだ。」
この言葉から22年。予算は数十倍に膨れ上がろうが、ノーランの映画制作における姿勢は一切変わっていないことが、並べられたパンフたちから浮かび上がってくる。この記事を書いているときに、隣に座っていた知人が「映画パンフってこんなに分厚いんですね」と声をかけてきた。
複雑、緻密、難解――。
パンフ編集者たちの探究心を刺激するノーラン映画は、分厚くならざるを得ないのだ! 映画がないとパンフは生まれないので「鶏と卵」の例はおかしいが、それでもやっぱり、「良いパンフに良い映画あり」と私は思ってしまう。