文=たきざわ
映画館に行けなくなってしまった。最後に映画館で観たのは何だったろうと思い返してみる。そうだ、シネ・リーブル池袋で観たNTLiveだ。NTLiveとはナショナル・シアター・ライブの略で英国ナショナル・シアターが厳選した傑作舞台を収録して、世界中の映画館で上映するプロジェクトのことである。日本では2014年から始まっており、『リア王』や『マクベス』といったシェークスピア作品をはじめとした英国らしい演劇作品を中心に上映してきたようだ。私は演劇のことは全くの門外漢だ。『リア王』といえば、ジャン=リュック・ゴダールの『ゴダールのリア王』(87)くらいしか知らない、なんていうとお高くとまってやがると思われそうだ。そんなことは全くなく、昔背伸びして観てみたものの1秒も理解できず、泣きながら倍速で観た覚えしかない。なぜか編集技師役として出演しているウディ・アレンが暗がりでフィルムをずっといじっている。覚えているシーンといったらそれぐらいだ。
※泣きながら観た『ゴダールのリア王』
ではなぜNTLiveを観に行ったのかというと、今回の上映作品がシェークスピア時代劇ではなかったからだ。上映されたのは『フリーバッグ』(20)というコメディ作品で、現代のロンドンに住む女性が自身の心情を赤裸々に語る一人芝居だ。Fleabagは「安宿」や「ノミのたかった動物」の意味があるが、本作は「だらしのない女」の私生活の話がメインだ。ナンパした(された)男や、かみ合わない微妙な家族との関係、どうにもならない就活など皮肉たっぷりに約80分間、スタンダップコメディアンよろしく一人で喋り倒す。その様は笑いを通り越して実に爽快だった。NTLiveというだけあってチケットは3000円したが、充分にその価値はあると思う。一人芝居を行ったのは女優兼脚本家のフィービー・ウォーラー=ブリッジ(写真の女性ですね)。
※池袋で観たNTLive『フリーバッグ』
恐らく、日本ではAmazonPrimeで配信されているドラマ版『フリーバッグ』のほうが有名だと思うが、ドラマ版はこの舞台のヒットを受けて制作されたもの。こちらは一人芝居ではなく、主人公の話を再現した劇作品となっている。ドラマ版も主演はフィービーが演じていて、脚本も彼女が書いている。劇中の主人公が「第四の壁」を越えて、視聴者に話しかけたり、ウインクしたりする演出があり、それが死ぬほど面白い。現サタデー・ナイト・ライブのメンバーであるメリッサ・ヴィラセニョールという女性コメディアンがその特徴をパロディして、『シックス・センス』を観るフリーバッグというネタをインスタにあげていた。
※ドラマ版『フリーバッグ』
NTLiveでは時折会場の様子も映る。ゲラゲラ笑う観客を観ながら彼女を話を聞いていると、いつのまにか私も同じ劇場にいるかのような錯覚を覚え、ドキドキしながらスクリーンを眺めていた。きっと映画館で観たからあの興奮を覚えたに違いない。そしてやはりその興奮は映画館で観たからこそ味わえたのだろうと思うと、映画館に行けない寂しさが余計に募って、泣けてきた。嬉しいニュースもある。フィービーは本作での成功を受けて、なんと007の最新作『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』の脚本チームに抜擢された。新型コロナウイルスの感染拡大を受け、公開は11月に延期されてしまったが、公開した暁には是非映画館でフィービー版ジェームズ・ボンドを大きいスクリーンで観たいと思う。まさかボンドがこちらに向かってウインクしたりしないよね。あ、もちろんパンフも買いますよ。