文=鈴木隆子
2023年10月7日に、イスラエルによるガザ地区攻撃が開始された。それから現在まで停戦と戦闘再開を繰り返し、10月の停戦合意後もイスラエルによる空爆が実行されガザ市民から死者が出続けている。
ガザ侵攻がまだまだ終わりを見せない中、今年のアカデミー賞で、イスラエル軍によるヨルダン川⻄岸地区のマサーフェル・ヤッタへの武力行使をパレスチナ人の青年とイスラエル人のジャーナリストがカメラに収めたドキュメンタリー映画『ノー・アザー・ランド 故郷は他にない』が長編ドキュメンタリー賞を受賞。
ガザ侵攻について、世界中の人々の認識が変わる大きな転換点になるかと期待したが、日本の大手メディアでは以前と変わらず偏りのある報道がなされ、変化する気がなく、物事の本質を伝えようという気概が感じられず失望していた。
そんな中、今回の東京国際映画祭のコンペティション部門に、1936年の英国委任統治時代のパレスチナで起きた、アラブ民衆による英国植民地主義への反乱を描いた『パレスチナ36』が選出。この反乱の物語はパレスチナ人の歴史における決定的な瞬間であり、パレスチナの現在地を知るうえでは切っても切り離せない出来事であるため、単に歴史を描いている訳ではない、現在と地続きの作品であるということを知っていただきたい。
まず、第一次世界大戦中にイギリスが、アラブ側(フセイン(フサイン)・マクマホン協定)、ユダヤ側(バルフォア宣言)、そしてフランス・ロシア(サイクス・ピコ協定)に対して行った三枚舌外交が、アラブ人とユダヤ人、二つの民族を衝突させる火種となる。
そして第一次世界大戦の終結と英仏同盟国側の勝利によって、イギリスのパレスチナ委任統治が決定、1923年から統治が開始された。
尚、この作品にBBCやBFIが出資しているところには注目だ。
1933年にナチスが政権を獲得したことで、シオニスト(※)の主張が強まり、パレスチナへのユダヤ人入植者の増加に拍車がかかる。自分たちが住むすぐそばの土地に畑を耕し、生活を始めるユダヤ人が日に日に増えていく。パレスチナ人の先祖代々所有していた土地は減らされ、イギリス軍人たちの執拗な検問や嫌がらせの手は子どもにまで伸びていく……。
村と街の繋ぎ役となっている青年ユスフ、村の子どもたち、アラブ人の政治家と、その妻で夫と主義主張が異なるジャーナリスト、イギリス人秘書官など、多様な立場の人々がこの反乱が起きるまでの過程を肌で感じ、アラブ人として最後まで抗い続ける者、イギリス政府に寝返る者、自分のアイデンティティを守り進み続ける者など、それぞれの形でこの反乱の物語を捉えていく。
パレスチナを代表する女性監督で、本作では脚本もつとめたアンマリー・ジャシルは、今現在も続くパレスチナの状況をパレスチナ側から語られる作品は少ないので、ぜひ撮りたいと考えていたそうだ。
8年前に企画が立ち上がり、パレスチナには映画制作の助成金や基金などの仕組みがないので、出資者や協力者を探しやっと2023年の10月に撮影開始が決まったが、撮影の一週間前、10月7日にイスラエルによるガザ地区の侵攻が始まり、撮影が頓挫してしまった。
当初はパレスチナ全域でロケを予定していたため、全て仕切り直し隣国のヨルダンで撮影を開始。しかしこの作品のメインキャラクターはパレスチナの「土地」であると、ジャシル監督は語る。現地の石畳や岩などの、その土地ならではの要素をどうしても作品に収めたかったため、パレスチナでの撮影を一部強行。それでもガザ地区侵攻の影響で、撮り終わるまでに4回ほど撮影中断してしまったそうだ。
壮大なスケールで描かれる歴史劇、当時農地で栽培していた綿花などの作物や村人たちの居住地、衣服などの細部にまで行き届いた美術。その完成度の高さに、このような制作の苦労があったとは。今もなお、終わりの見えない侵攻が続き、危険と隣り合わせの状況で、これだけの作品を完成させたということは、そこにどれだけの想いがあったのか計り知れない。
パレスチナのアラブ人が、文字どおり命をかけて起こした反乱の行く末を思うと、今を生きる私たちは歴史から何を学ぶべきかという答えにこの作品以上のものは無い。
そしてエンドロールで、パレスチナの豊かな自然を望みながら、バグパイプを演奏する青年の後ろ姿で幕が降りる。
バグパイプはスコットランドを代表する楽器という認識が現代では広まっているが、数百年前に十字軍が自国に持ち帰った経緯があり、元はパレスチナ発祥の楽器なのである。
※シオニストとは…
パレスチナをユダヤ民族の故郷とみなして、ユダヤ人国家を作ろうとする政治運動を支持し、イスラエル国家の建国やその存在を肯定する人々のこと。

作品情報
スタッフ
監督/脚本:アンマリー・ジャシル
撮影:エレーヌ・ルヴァール
編集:タニア・レディン
作曲:ベン・フロスト
キャスト:ヒアーム・アッバース、カメル・アル・バシャ、ヤスミン・アル・マスリー、ロバート・アラマヨ、サーレフ・バクリ、ヤーファ・バクリ、カリーム・ダウード・アナヤ、ビリー・ハウル、ダーフィル・ラブディニ、リアム・カニンガム、ジェレミー・アイアンズ
公式サイト
119分/カラー/アラビア語、英語/英語、日本語字幕/2025年/パレスチナ/イギリス/フランス/デンマーク
妄想パンフ
ボリュームが増えてもいいので、時代背景の説明はしっかり入れる。
参考文献や関連作品を紹介するページはマスト。
パレスチナで生産されている商品が買えるお店やECサイトも紹介したい。










