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【38th TIFFレポート06】『裏か表か?』ペテン師と英雄とサロメ

文=屋代忠重

イタリアで製作された西部劇。そう聞いただけで胸躍る人も少なくないだろう。バッファロー・ビル(なんとジョン・C・ライリー!)のワイルド・ウェスト・ショー。否が応でも期待は膨らむ。確かにこの映画には西部劇の王道が詰まっていた。銃撃戦、逃避行、ラブロマンス、なんならメキシコ革命要素まで…でも全てが想像の斜め上をいっている。次から次へと繰り出される「いや、そうなんだけど、そうくる!?」の連続。マカロニ・ウェスタンなのは間違いない。お約束は踏襲しながらも、徹底的に定石を外してくるのだ。フィルム撮影によるざらついた映像は、乾いた草原に青い空と白い雲という“いかにもウエスタン”を映し出すが、それと対比するかのように、そぼ降る雨に沼と水牛、蛇カエルというウエスタンではなかなかお目にかかれない湿度の高さも押し出してくる。キャストもナディア・テレスキウィッツ、アレッサンドロ・ボルギ、ジョン・C・ライリーと主演クラスが三人も!まさかアレッサンドロ・ボルギなんてイタリアの大スターをあんな風にしてしまうなんて‼︎劇場にいた全員が度肝を抜かれただろう。おかげでサンティーノの目に映る空と雲が、思いもよらない形でひっくり返る。それはもうコインの表と裏のように綺麗に反転するので、ぜひその目で驚いてほしい。

監督のアレッシオ・リゴ・デ・リーギとマッテオ・ゾッピスは農村に伝わる民話や伝説、口承で伝わる不完全な物語の面白さに興味があり、バッファロー・ビルが過去に2度、実際にローマで興業を行っており、そのときイタリアのカウボーイたちと勝負をして、イタリア側が勝利したという話から本作を膨らませたとのこと(しかもイタリアの新聞がソースだから、それ自体も信用ならない)。他の映画でも『ビッグ・フィッシュ』『落下の王国』『ライフ・オブ・パイ』などで口承の面白みは描かれており、どれも荒唐無稽なほど盛り上がる。そしてこの映画は主にローザ、サンティーノ、バッファロー・ビルの三人の視点で語られているが、三人とも信頼できない語り手であり、劇中で平然と大嘘をついている。しかも三者三様の嘘が、なぜか話としてガッチリ噛み合ってしまってるのだから面白い。本作は四幕構成をとっているが、その都度全員の話が絶妙に食い違う。その可笑しみが雪だるま式に転がっていき、終盤にはどこからどこまで本当かわからなくなるほどに膨れ上がる。これだけの話が最後まで崩壊しないのは、さすが製作に3年をかけただけあり(前作は7年かかったとのこと)脚本が非常に練られている。特にバッファロー・ビルという実在の人物を、狂言回しとして登場させたことが大きい。この映画は彼のモノローグで語られており、それを従者に記録させている。なのでこれは彼の創作話なんだろうなと思いながら観ていると、あれよあれよと様子がおかしくなってくる。カウボーイのサンティーノ、ヒロインのローザ、追跡者のバッファロー・ビル、この関係性に対する、西部劇へのあらゆる先入観を逆手にとった鮮やかな逆転劇が見事。そして最後に銃口を向けている、この話の真の語り手は一体誰なのか?まさにアンチ・西部劇と呼ぶにふさわしい映画だった。

えてして口承の物語において真実を探るのは野暮だ。信頼できない語り手の名作『羅生門』でも、暴かれた真実とは人間のちっぽけな虚栄心が招いた見栄の残滓だった。そんなつまらない現実と、でたらめで気持ちが昂る物語。エンターテインメントに欲しいのはどちらだろうか?アレッシオ・リゴ・デ・リーギ、マッテオ・ゾッピスが描く、あまりに人間くさい三人が織りなす、盛大で胸すくでたらめに楽しく騙されてみようではないか。

作品情報

原題:Heads or Tails?[Testa o croce?] 監督:アレッシオ・リゴ・デ・リーギ、マッテオ・ゾッピス
キャスト:ナディア・テレスキウィッツ/アレッサンドロ・ボルギ/ジョン・C・ライリー
116分/カラー/イタリア語、英語/英語、日本語字幕/2025年/イタリア、アメリカ
予告編はこちら

妄想パンフ

タブロイド版。バッファロー・ビルのウエスタンショーの広告や、サンティーノの手配書など、当時の新聞を再現したような感じで。

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