【閲覧注意】本記事は性被害や自傷行為について触れており、人によっては精神的な苦痛を感じる可能性のある、センシティブな内容を含んでいます。
閲覧によって気分が悪くなるなど、健康に影響を及ぼす恐れがあるため、ご自身の体調と安全を最優先に考え、慎重に判断してください。
また本稿では、性被害・性的虐待・性暴力の用語に関し「性被害」を包括語として用います。
文=鈴木隆子
海の浅瀬で楽しそうにはしゃぐ、幸せそうな家族がいる。その一家の母親はにのみやさをりさんという写真家で、小林茂監督が本作を撮るきっかけになった人物だ。
性被害の問題はずっと気になっていたという小林監督。それは本作に出演している、監督の水俣病支援活動の仲間である森永都子さんの経験にある。幼少期に受けた性被害で、70代になった今もフラッシュバックやPTSDに苦しんでいるのだ。
自分の子どもが小学校に上がるのを機に地元に戻った際、幼少期の自分に性被害を振るった先生が子どもが入る学校の教頭先生になっていたことがわかり、そこから全ての記憶が蘇ってしまったのだという。
そしてある時、雑誌に載っていたにのみやさんの性被害の写真レポートを目にし、被害者自身でもあるにのみやさんが性被害と正面から向き合っていることに驚き、PTSDで苦しんでる森永さんに相談にのってもらえないかとお願いしたことから、二人の交流がスタートする。
その数年後、にのみやさんが定期的に行っていた写真展の最終回の知らせのDMを受け取った時に、ふと性被害に関する映画を撮ることが脳裡に浮かび、自分の年齢や体調を考えると最後の作品になるかもしれないからと決断。そして本作を作ることを話した時に、実は自分も性被害を受けた過去があると打ち明けてくれた、心のケアが必要な方にサポートを行う「スプーンフィールド」の代表であり自身も不登校・引きこもりの経験をもつ高橋和枝さんも出演することになり、この三人の女性の「今」を見つめ続けるドキュメンタリー映画『魂のきせき』が誕生した。
映画は、出自や自分が今行っている活動に携わるようになったきっかけなどが語られつつ、家族や友人と過ごす日々や仕事の様子など、彼女たちの多くの「日常」が映し出される。
何気ない日々の記録と思って見ていると、作品の撮影をしているにのみやさんの腕の内側にあるいくつものリストカットの痕が映る。自分の娘を撮影しながら語られる娘との思い出話に、授業参観中に突然やってくる発作のような症状と戦っていた日々の記憶が差し込まれる。
森永さんのカウンセリングや、先日自殺未遂を行った事やフラッシュバックに襲われた日の事を語る様子。7歳と11歳の時に性被害を受けた時、母親をはじめとした周りの大人にどうしてもらいたかったか、まるで昨日の事のように語る姿は、この出来事が何十年も森永さんの中に留まり続けているという事が証明される瞬間だ。
高橋さんが行っている活動のひとつである、女性のためのシェアハウスのメンバーと食卓を囲む、楽しそうな日常。しかし事件に遭った当時のことを思い出さないようにするためにしている方法を話す時には、涙ぐみ恐怖を抑えているような表情に変化する。
それでも小林監督は、あくまで彼女たちの「今」を撮り続ける。
事件の詳細を聞き出して観客を煽り、エモーショナルに描くということはしない。センシティブなテーマの作品にありがちな「克服していく過程をみつめる」ことはないのだ。
いつ何がきっかけで当時の記憶が蘇ってしまうのか自分でもわからない彼女たちが、経験を話し全てを見せてくれている姿におそらく触発され、小林監督自身も実の父母の記憶を思い起こしながら、自ら養子の手続きを行い家を出た過去を辿ろうと試みる。
彼女たちが過ごす日々を見ていると、仕事や毎日乗る電車の中、街ですれ違う人たちも、何らかのバックグラウンドを抱えていたりあらゆる経験を経て、今日もこうして何事も無かったかのような顔をして過ごしているのだと気付かされる。
目の前にいる人が何かによって傷ついていたとして、自分にはその経験が無いから、もう一歩踏み込んで接する事ができなかった、ということは無いだろうか?
しかし、これからも生きていくということは「日常」を送るということで、いつもと変わらない日々を過ごすことで心の平穏を保つことができる。だから、小林監督の目線のように、いつも通り接してくれる人が必要なのだ。
監督は撮影途中、被害者の方の話を聞く辛さに直面し「これほど苦しい思いをするのならばやらなければよかった」と思い挫折しかけた事もあったのだと言う。性被害に関する理解がまだまだ進まない中、ここまで向き合える男性の映画監督がいる、それも日本で。
作品鑑賞後、何かが進みそうな感触を得ることができた。
参考資料: https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/c574e1f9c86bb5441450c7804dab7d0ce3b98bba

作品情報
監督:小林 茂
撮影:小田 香
録音:川上拓也
編集/プロデューサー:秦 岳志
プロデューサー:長倉徳生
制作事務局:須藤伸彦
キャスト:森永都子、高橋和枝、にのみやさをり、小林茂
公式サイト
97分/カラー&モノクロ/日本語・英語字幕/2025年/日本/アギィ
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