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【37th TIFFレポート13】『ぺぺ』王国の終焉から始まる王国の誕生

文=屋代忠重

人が不用意に持ち込んだ生物が、現地の生態系に壊滅的な被害を及ぼすことはよくある。マダガスカル沖のモーリシャス諸島に生息していたドードーは、入植者による乱獲と彼らの持ち込んだ外来生物が卵や雛を捕食したことにより絶滅した。日本でもザリガニ、たんぽぽ、ニジマスなど、外来種として日常に定着した外来種は珍しくない。近年も沖縄のハブ対策のために持ち込まれたマングースが、県内の天然記念物など希少動物まで襲うようになり2024年9月の根絶宣言まで、その駆除に数十年の時間を要した。

1980年代、コロンビアで麻薬王として君臨していたパブロ・エスコバルは彼の邸宅があるアシエンダ・ナポレスの農場に世界中から密輸入した動物を集めて私設動物園を作った。93年にエスコバルが殺害されると、彼の動物園は政府に差し押さえられ、そこの動物たちのほとんどが売却されていった。しかし、輸送コストや病原菌の観点からカバだけは引き取り手が見つからず放置されていた。動物園から逃げ出したカバは繁殖を続け、当初4頭だった個体数はやがて2023年には160頭を超えるようになり、コロンビア国内でもはや社会問題になっていた。世界でもコカイン・カバ(cocaine hippos)として有名であり、政府もその対応に苦慮しているのが現状だ。遡ること2009年、事態を重く見たコロンビア政府によって、一頭のカバが射殺された。それが本作の主人公“ぺぺ”である。カバはアフリカでは吉凶の予言者とされ、エジプトではタウエレト神として崇められているのに、顧みて自分の一生とは一体なんだったのか?幽霊となった彼のモノローグとともに、この物語は進んでいく。

ぺぺは最初に連れてこられた4頭(オス1頭、メス3頭)から生まれたコロンビア生まれのカバである。物語は母の胎内での記憶から始まり、自身の兄であるパブリートが群れの王である父を殺し、王として君臨。ぺぺは兄に挑むも敗れ、群れを追放される。王になれなかったぺぺ。生い立ちがすでにシェイクスピア悲劇のようだ。そのせいか、一人称が“我”であり思考がやたら観念的で、そこはかとない王子としての気品が漂う。数頭の仲間と共に動物園を抜け出し、新天地マグレダナ川で自分たちの楽園を築いていった。現地の人々との関わりを通じて、あるときは怪物として畏れられ、あるときはアニメキャラクターになり、時代とともに現地民からも愛されるようになっていく。彼を巡って人々が右往左往するさまは滑稽でありながら、植民地主義や政治の暴力性、住民と現地警察の関係性なども同時に炙りだしていく。しかしあまりにも増えてしまったカバたちの生態系への影響や、住民への危険が懸念され、遂に政府は駆除に動き、ぺぺが犠牲となってしまった。ぺぺの死後、駆除に対する抗議活動がおき、当時の環境大臣の辞任要求に発展するほどの騒ぎとなった。その後も去勢や避妊薬の投与など繁殖を抑える試みが続くが、現在においても増加の一途を辿っている。そしてカバの駆除と保護を巡って、今でも意見が割れており、その間にもぺぺたちの子孫はコロンビアで定着し、現在進行形で繁栄を極めている。エスコバルが築いた王国の終焉は、新しい王国の誕生でもあった。

王となった男の野望から始まった、王になれなかった男が更なる新天地で新たなる王となった物語の終焉。銃弾を受け薄れいく意識の中で、自らの死を理解した彼は、きっと残された人間や子孫たちを眺めながら、空飛ぶ船で大空を悠々と渡っていくのだろう。まさにこの悲劇的な喜劇にふさわしい最期だ。

そしてぺぺは2024年11月現在まで、殺処分された唯一のコカイン・カバである。

作品情報

原題:Pepe
監督:ネルソン・カルロ・デ・ロス・サントス・アリアス
キャスト:ジョン・ナルバエス/ソル・マリア・リオス/ファリード・マティラ/ハーモニー・アハルワ/ホルヘ・プンティジョン・ガルシア/シファフレ・ファウスティヌス/スティーブン・アレクサンダー/ニコラス・マリン・カリ

123分/カラー&モノクロ/スペイン語、アフリカーンス語、ドイツ語、ムブクシュ語 日本語、英語字幕/2024年/ドミニカ共和国 ナミビア ドイツ フランス
予告編はこちら

妄想パンフ

タブロイド判でぺぺの殺処分を伝える記事が表紙。各関係者の証言という形でインタビュー記事を。コロンビアのカバに関する一連の流れなどトリビア満載。

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