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【37th TIFFレポート12】身体という檻に宿る炎『灼熱の体の記憶』

文=小島ともみ

ベルリン国際映画祭パノラマ部門で観客賞に輝いた本作は、カトリシズムの重圧に喘ぐコスタリカの女性たちの内的葛藤を、独特の映像美で綴った野心作である。「内なる炎を消すには消防士が必要」――ある女性の率直な告白から着想を得たというタイトルは、表に出すことを許されなかった欲望の比喩以上の意味をもつ。火照る、といった生やさしいものではない。世代を超えて受け継がれてきた沈黙の重みは、解放へのひたむきな願いとして色とりどりに燃え上がる。

本作のユニークさは、女性たちの記憶を辿る旅を、家という限られた空間のなかだけで展開する構造にある。「時間は直線的ではない。泡のようなもの」という証言者の言葉に導かれ、スダサッシ・フルニス監督は一つの家の中で過去と現在、記憶と日常が共存するさまを描き出す形式で、女性たちの内的体験をより深く表現しようと試みる。かつて女性たちにとって「家」とは、社会から課された制約の象徴であると同時に、夢を育む場所でもあった。彼女たちの身体と生活のなかに深く刻まれたその記憶を、監督は優しい手つきで取り出していく。

作品の中核を成すのは、実在する女性たちへのインタビューから紡ぎ出された物語だ。それは65歳の一人の女性の姿を借りて、アナ、パトリシア、マイエラという3人の女性の声で体現される。監督は当初、15人もの女性たちと対話を重ね、そのなかから浮かび上がった3つの声を選び取ったという。興味深いのは、彼女たちの置かれた環境はそれぞれ大きく異なるにもかかわらず、体験の核心部分は驚くほど共通していることだ。豊かな教育機会に恵まれた者もいれば、そうでなかった者もいる。しかし、宗教という規範に縛られ、欲望を「罪」と教え込まれた経験は、多様な境遇を超え、共通の物語として結実する。

なかでも注目したいのが、カトリック教会が果たした役割への批判的視座だ。コスタリカでは現在も憲法でカトリックが国教と定められており、その影響力は単なる制度的なものにとどまらない。「結婚前の性交渉は罪。結婚していても快楽のための性交渉は罪」――監督自身が高校で受けた性教育の一場面は、今なお根強く残る抑圧的な価値観を端的に表している。

このように書き連ねると、重たい作品のように聞こえるかもしれない。確かに本作は一人の人間の運命を決定づけた出来事を扱ってはいるが、暗い調子に終始することなく、重圧から解放された軽やかな足どりを感じさせる。この世代の女性たちは今、人生で最も幸福な時期を迎えているという。長い沈黙を経て、ようやく自身の身体と性を肯定的に受けとめ、人生を取り戻した彼女たちの物語は、「遅すぎる」ということは決してないという力強いメッセージでスクリーンを満たす。

作品は伝統的なドキュメンタリーの手法を避け、実在の女性たちをスクリーンに登場させない選択をした。これは彼女たちが愛する家族を傷つけることを懸念したためだが、結果として普遍的な映像表現へと昇華している。記憶が交錯する一軒の家で、過去と現在が重なり合う詩的な映像は、場所や時代を問わず観る者の内なる記憶を呼び起こし、励ましと新たな連帯の可能性につながっていくことだろう。

スダサッシ監督は、本作が母や祖母との対話のきっかけになることを願っているという。長く「タブー」とされてきたテーマについて世代を超えて理解を深め、女性たちが歩んできた道のりを見つめ直す。そして何より、これは「後退」を許さないための記録でもある。静かに、しかし確かに、未来への扉を開く鍵を手渡す珠玉の一本である。

作品情報

原題:Memories of a Burning Body[Memorias de un cuerpo que arde]
監督:アントネラ・スダサッシ・フルニス
キャスト:ソル・カルバージョ、パウリーナ・ベルニーニ、フリアナ・フィジョイ、リリアナ・ビアモンテ、フアン・ルイス・アラヤ、ガブリエル・アラヤ、レオナルド・ペルッチ、セシリア・ガルシア
90分/カラー/スペイン語/日本語、英語字幕/2024年/コスタリカ/スペイン
公式サイト

妄想パンフ

パンフレットと共にスクリーンで再会の願いを込めて、妄想を膨らませて公開決定の知らせを待ちますA4変形。女性の身体のシルエットを通して見える室内の風景を、半透明のレイヤーで重ね合わせた装丁。本文の背景には淡く「泡」のモチーフを散りばめる。コスタリカにおけるカトリシズムと女性の関係についての詳細な解説、15人の女性たちへのインタビューから3人の物語に絞り込んでいった制作プロセスについての考察も収録したい。

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