映画パンフは宇宙だ!

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【37th TIFFレポート11】『小さな私』動いた先には何が見えるか

文=鈴木隆子

本作の英題は『Big World』。もしあなたに、できない理由を探して自分の成長のチャンスに歯止めをかけてしまった経験があるならば、作品を観たあとにこの英題の意味するものが心に刺さるだろう。

教師になるため大学受験を控える、脳性麻痺を患う青年チュンフーを演じたのは、『少年の君』(2019)でブレイクしたイー・ヤンチェンシー(ジャクソン・イー)。チュンフーとのバディ感をずっと見ていたくなる祖母は、A24作品『フェアウェル』(2019)のダイアナ・リン、母親は『西湖畔に生きる』でも主人公の母親役を演じたジアン・チンチン。映画をよく観る人であれば、この中のどれか一作品は観ている、もしくはタイトルは聞いたことがあるという人は多いと思う。そしてこの俳優の顔ぶれと最近の躍進ぶりに、中国映画界が今後飛躍する日が近いことを想像させる。

チュンフーの母親は、心配とどこか引け目を感じて何かと彼の行動を制限しようとする。しかし、二人目の出産に備えて療養するため、一時的にチュンフーの世話を祖母が請け負ったときにチャンスが訪れた。母親が出かけたのを確認して、祖母はどんどんチュンフーを外に連れ出し、合唱団仲間と誕生日の席を設けお酒を飲ませたり、自分の合唱団に参加させたりと、彼を積極的に社会と関わらせようとするのだ。また、チュンフーを見て心無い言葉を投げかける人に対しては、もちろん手厳しい対応を忘れない。

大学進学は無理だ、電車で一時間ある距離なんて遠いから通えないと反対する母親。ならば自分で学費を稼ごうとカフェのアルバイトに応募したり、祖母の合唱団の太鼓奏者にチャレンジするなど、自分自身に縛りをかけない彼の姿を見ていると、私たちはこれまでの自分の人生の歩みを振り返えらずにはいられなくなる。

しかしそんなチュンフーでも、社会の冷たさに晒されることがある。祖母と出かけていたときにチュンフーがバスで親子連れに席を譲り、立っていたことでバスの中で転倒してしまい、運転手から怒鳴られ、乗客からも文句を言われるという非常に理不尽な出来事があったのだ。そこでチュンフーはバス会社にクレームのメールを入れたのだが、仰々しい記者会見が開かれ、お詫びをされたものの結果的にバス会社のPRに利用される形になってしまった。チュンフーはその意図を見抜き、壇上でバス会社の思惑を冷静に指摘する姿は胸がすく思いだった。現実社会にもSDGsに乗じたりして同じような目論見がはびこっていると感じていたので、よくぞ描いてくれたと思ったし、これからも世の中に対して注視していかなくてはいけないトピックだ。

チュンフーも語っていたが、サポートしてくれている祖母のような存在がいなくなったら、と考えると、チャレンジ精神に溢れ自分自身で道を切り拓こうとする行動力があったとしても、不安で仕方がないと思う。心や身体にハンディキャップをもつ人たちが、不自由なく日常生活を送れるように支える制度や仕組みと、身内だけでなく周囲の人たちの協力が絶対に不可欠だと、改めて強く感じた。

どんどん自分の殻を破って新しい世界へ進むチュンフーの行動の根底には、やりたいことができたならまず挑戦しよう、何でもやってみないとわからない、という気持ちがあることがわかる。私たちも自分次第で、どんな世界にも飛び込んでいけるのだ。

作品情報

監督:ヤン・リーナー[杨荔钠]
キャスト:イー・ヤンチェンシー/ダイアナ・リン/ジャン・チンチン/ジョウ・ユートン
131分/カラー/中国語/日本語、英語字幕/2024年/中国

妄想パンフ

大学の合格通知の、日本でいうA4サイズぐらいの赤いベルベット調の用紙二つ折りで、表紙には金の文字で型押しされているというおめでたさ&ゴージャスさMAXのデザインをそのままパンフの装丁に採用。
中国社会や政府における、心や身体にハンディキャップをもつ人たちに対する、社会支援事情について紹介する企画を設けたい。

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