文=屋代忠重
ブラジルの片田舎。本作の主人公、エジゼル・ウィルソンは同僚のトマスとともに、動物の礫死体を回収する仕事に就いている。エジゼルの見る夢には正体不明の人々が多く現れ、無言でこちらを見つめている。彼は上司で恋人でもあるネッチとこの街を脱出したいと考えているが、ネッチはこの街を支配するカルト「ソローシェ」に入信してしまっていた。彼女を取り戻すために、行動に出るエジゼル。ある日、街の牧師に呼び出された彼は、疫病患者たちを隔離した島から脱走した少年を、街の外に逃がしてほしいという依頼を受ける。牧師は報酬として羊肉を提示する。慢性的な食糧不足のせいで、久しく肉を食べていなかった彼は依頼を受けるが…。そう、この街は疫病、飢餓、死で溢れ返り、カルトによる支配が着々と進む世界。新約聖書のヨハネの黙示録に出てくる四騎士をモチーフにし、全7章構成(黙示録においても7は重要な数字)、山の向こうからは低い唸り声のようなラッパが響き渡る。
私はここまでの段階で黙示録に従って物語が進行するものとばかり思っていた。おそらくその場にいた誰もが、そう考えていたはずだ。これからキリストの再臨、そしてハルマゲドンをモチーフにしたカタルシスが待っているに違いない!しかし、まさかあの「万物の王」であり「白痴の魔王」の名前が登場するまでは、そんな我々の浅はかな予想が脆くも崩れ去ることになるとは、このときまだ夢にも思わなかったのである…。
にわか雨のように石が降り注ぎ、動物の死骸が道端に溢れかえる描写が、いかにも黙示録で描かれる終末らしいが、この辺りのモチーフのすり替えが見事!この世の科学物理体系など何の意味も持たない。それで森羅万象を解明できるなど、人類の浅はかな勘違いに過ぎない。そこには思考など存在しない。ネッチが入信した「ソローシェ」はまさにその原子世界の根源となる神を崇拝しており、本作はそちらの神の方の映画なのだ。そしてソローシェの影響力は絶大で、世界のあらゆるところに入り込んでおり、徐々に世界中の人々は彼らの神への信仰に洗脳されていく。この不条理にまみれた世界では、もはや正気を保つ方が狂気だ。
それはエジゼルが見る悪夢とも無関係ではない。悪夢は彼の善悪の境界を隔てる安全装置のようなものなのだ。破門されていたとはいえ、元聖職者のトマスは彼の異変にいち早く気づいていた。エジゼルが見る悪夢、夢の中で彼を見つめる人々の正体に気づいた時、彼の周りから悪の存在が消え去るのをトマスは感じる。エジゼルの中で境界線が消えた善悪は一つになり、本来の彼が夢から醒めた瞬間でもあった。なんの知性も持たない純粋な破壊。それがエジゼルだった者であり、ソローシェが崇める神の本質でもある。だいたいこの世界は神がみる儚い夢の一つに過ぎず、神が夢から醒めるとき、三千世界は一瞬で消滅するという。エジゼルと神の目醒め、この二つの覚醒がオーバーラップする演出は上手いと思った。
「永遠の眠りは死にあらず。永遠の前には死すら死ぬ」物語の後半に登場する台詞だが、映画のラストシーンがそれを象徴するのだとしたら、この世界はすでに永遠に終わらない終末世界に突入してしまったのではないだろうか。
作品情報
原題:Bury Your Dead[Enterre Seus Mortos]
監督:マルコ・ドゥトラ
キャスト:セウトン・メーロ/マルジョリー・エスチアノ/ダニーロ・グランジェイア/ベッティ・ファリア
128分/カラー/ポルトガル語 日本語、英語字幕/2024年/ブラジル
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妄想パンフ
A4タテ。 表紙には教団のマークをあしらった、ソローシェの入会案内パンフレットのような装丁。内容も彼らが崇める神の紹介、インタビューも信者の談話みたいな構成。裏表紙には例のエルダーサインを。