文=鈴木隆子
歳を重ねるごとに、「お葬式」がそこそこ身近なものになってきたと感じる。自分の親族だけでなく、友人知人の親御さんも亡くなる年齢になり、訃報を受けたりお葬式に参列したりする機会が増えているからだ。
今回のTIFFでジャパン・プレミアを迎える、香港のアンセルム・チャン監督の3作目となる『ラスト・ダンス』。コロナ禍で仕事が立ち行かなくなったウェディングプランナーのドミニク(ダヨ・ウォン)は、ガールフレンドのツテを頼りに、不本意ながら葬儀社に転職し会社を引き継ぐことに。本作では、道教(中国三大宗教(儒教・仏教・道教)のひとつ)の葬儀が描かれるのだが、その指南役のマン道士(マイケル・ホイ)と最初は衝突しながらも、葬儀とは故人と遺族にとってどのような役割を果たすのか、次第にその意味を理解していく。ちなみにドミニクとマン道士は、日本の仏教葬の場合だと葬儀会社とお寺の住職との関係性をイメージしてもらえると分かりやすいと思う。
香港映画界の二大コメディアンであるダヨ・ウォンとマイケル・ホイは32年ぶりの共演とあって、現地や香港映画ファンの間では撮影時から大きな話題になっていたそうだ。
日本映画で葬儀をテーマにした作品といえば、伊丹十三監督の『お葬式』(1984)をはじめ、マキノ雅彦(津川雅彦)監督の『寝ずの番』(2006)に、滝田洋二郎監督の『おくりびと』(2008)などなどヒット作も数多くあるが、香港映画界では香港の葬儀業界を描いた作品はほとんど無いのだそう。
本作では道教の葬儀で行われる、故人の霊を地獄から救い出す「破地獄」をはじめとした、様々な儀式が展開される。キリスト教のお葬式は映像作品等でよく目にする機会があるが、それ以外の宗教のお葬式は、そういえばあまり見たり知ったりする機会が無いなと気づき、非常に興味深いシーンだった。
香港のお葬式で道教の儀式はもちろん欠かすことはできないが(もちろん宗派が道教であった場合)、ドミニクが葬儀社に転身した当初に手掛けた、元ウェディングプランナーの気質なのか意地なのか、が抜けきらない、故人の生前の趣味嗜好を反映しアレンジされた葬儀スタイルは儀式と全くマッチしておらず、ドミニクのエゴの塊に見えた。しかし、大切な人を失った人々との対話を重ねていくうちに、三者三様の悲しみに、多様な形で寄り添うことができるようになっていく。
私も最近、親族に不幸があり、生まれて初めてお葬式の手配というものを行った。劇中に「葬式は生きている人のためのものだ」というセリフがあったのだが、私もお葬式の準備をしている間、同じ事を思っていた。お葬式は、故人の旅立ちの場として設けるものであり、また、この世に残された人たちとの「お別れの場」でもある。お葬式を執り行うことを、故人が喜んでくれているかは正直この世にいる限りわからないが(喜んでくれていると信じたい)、残された人たちが集まり、故人との思い出を懐かしみ、別れを悲しむ場があって良かったと改めて感じた。しかし、遺族は葬儀の準備でとにかく忙しく、悲しんでいる暇が無いまま告別式までを終えるのだが、私は忙しさで気が紛れて良かったと思っていた。これは私個人の意見で、もちろん、故人の死とじっくり向き合ってちゃんと悲しみたかった、という人も多いと思う。
故人に対しては、逆にお葬式ぐらいしかもうしてあげられることは無い。残された人は、悲しみと向き合いながらも、これからも続く人生を歩んでいく。そんな人たちに何をしてあげられるか? 遺族の血縁関係や友人と、葬儀社のドミニクとでは、できることが大きく変わる。ドミニクと遺族とはビジネスの関係だけれども、これは誰もができる仕事ではないのだと、改めてこの仕事の偉大さを噛みしめた。
作品情報
監督:アンセルム・チャン[陳茂賢]
キャスト:ダヨ・ウォン/マイケル・ホイ/ミシェール・ワイ/キャサリン・チャウ/チュー・パクホン
126分/カラー/広東語/日本語、英語字幕/2024年/香港
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妄想パンフ
A4サイズの縦で、表紙は道教の儀式を行う際に道士が纏う衣装をイメージして、メインカラーはマゼンダに近い色味で、衣装の刺繍を思わせる柄を散りばめる。
道教の葬儀で行われる儀式の詳細や、儀式の際に使われる道具や衣服などを解説する図鑑的なコーナーを設ける。
ダヨ・ウォンとマイケル・ホイが過去に共演した作品の紹介もしたい。