文=屋代忠重
台北で暮らすアイシャには、ズーアルという娘がいる。ズーアルには同性のパートナーがおり、二人は体外受精のためアメリカへ渡るが、そこで事故に遭い二人は亡くなってしまう。連絡をうけたアイシャはズーアルが住んでいたニューヨークへ向かうが、そこで自分がズーアルの受精卵の保護者になったことを知らされる。代理母を探して産んでもらうか、受精卵を廃棄するかの選択を迫られる。本作は『台北暮色』(英題:『Missing Johnny』)で鮮烈なデビューを飾ったホアン・シーの監督二作目となる。
ズーアルの突然の死に動揺を隠せないアイシャは、これまでもズーアルの幸せを願い、心配する気持ちが強いがゆえに、ことあるごとにズーアルと衝突していた。生前はおろか、死後の彼女のことも受け止めきれなかったアイシャ。いったいどうすればズーアルと解り合えることができたのだろう? 精神的にすっかり追い詰められたアイシャ。そんなアイシャには、エマというもう一人の娘がいる。エマはアイシャが若い頃ニューヨークに住んでいたときに産まれた子で、ズーアルとは異父姉妹の姉にあたる。当時のアイシャはあまりにも若すぎて、エマを育てることなど到底できず、母の意見に従い、ニューヨークのレストランを営む里親へ養子に出してしまったのだ。それでも現在までエマとは良好な関係を築いており、混乱のただ中にあるアイシャは藁にもすがる思いでエマに電話をかける。これから母になろうとするズーアルの不安を最後まで受け止めてあげることができなかったこと、エマの母でいることを諦めてしまったこと。認知症を患ったアイシャの母にその心情を揺さぶられ、アイシャは機能不全を起こしていた自身の娘たちとの関係に否応なく向き合わざるを得なくなる。ズーアルとの思い出をエマとたどりながら、過去と現在、ふたりの娘との間で揺れ動くアイシャ。そんな彼女に寄り添うエマ。二人の関係性が少しずつアイシャに変化をもたらす。
「距離が近すぎると衝突する。距離が近すぎると愛し方を忘れる」
これは『台北暮色』の印象的なセリフである。今作のアイシャはまさにこれが当てはまる人物だった。二度と近づくことのない永遠の距離が、はじめてズーアルを受け入れるきっかけになったとするなら、アイシャがとるべき道は自ずと導かれる。タイトルの『娘の娘』とはズーアルと彼女の子供を指しているのはもちろん、アイシャと二人の娘のこれまでの関係性も表しているのではないか。そして母と娘ではなく、娘と娘として向き合ったとき、二人の娘たちとの間にあった確執やわだかまりを受け入れ、アイシャ自身が前進できるようになるのだと思う。ズーアルの部屋で見つけた二つの落書きがそれを物語っている。
制作のきっかけはホアン監督が『台北暮色』を撮り終え、ロサンゼルスへ休暇にでかけた際、彼女の母親から自動車保険に加入したのかを強く聞かれたことと、現地の友人が体外受精を試みようとしたという二つのできごとが結びついた結果だと話す。そして製作総指揮に前作に引き続き、ホウ・シャオシェン。そして製作総指揮にも名を連ねたシルヴィア・チャンが、アイシャを見事に演じてくれた。シルヴィアやカリーナ・ラム、ユージェニー・リウの三人の見事な演技が、この複雑な親子関係に説得力をもたらしてくれた。
作品情報
原題:Daughter’s Daughter[女兒的女兒]
監督:ホアン・シー
キャスト:シルヴィア・チャン/カリーナ・ラム/ユージェニー・リウ
126分/カラー/北京語、英語 日本語、英語字幕/2024年/台湾
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妄想パンフ
A5タテ。オフショットやスチールも含め、台湾とニューヨーク、それぞれの時代ごとに写真を多数掲載。アイシャ親子の思い出アルバム風に。