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【37th TIFFレポート1】『チャオ・イェンの思い』二人ぼっちのひとり

文=屋代忠重

チャオ・イェンは故郷の雲南を離れ、必死の努力の末に俳優として大成功をおさめている。しかしそんな華やかな生活とは裏腹に、チャオは出演する映画の試写中も、なにか他のイメージが頭をよぎりどこかうわの空だ。そして最近では彼女のスマホに匿名の脅迫メールが送られてくるようになり、同じタイミングでミャンマーに住み、長年音信不通だった彼女の姉がチャオのもとを訪ねてくる。それをきっかけにチャオは自身の過去に脅かされるようになる…。

監督のミディ・ジーはミャンマー出身で、現地でドキュメンタリーからフィクションまで幅広く撮っており、本作は自身初の中国映画となる。原作はジャン・ユエランの小説「大喬小喬」。ジャンは共同で脚本にも参加している。ミャンマーから北京に出てきた姉と、すでに中国で成功したチャオ。映画はこの二人を通して現代中国を生きる女性がおかれている状況や悩みを描いている。
ミディとジャンはともに1982年生まれ。ミャンマー人監督として中国映画に挑むミディと、中国で一人っ子政策が施行されてから生まれた最初の世代、いわゆる“80後(バーリンホウ)”であるジャンが、チャオ姉妹に自身を投影しているであろうことは想像に難くない。

とくにチャオは一人っ子政策が本格化している時代のまっただ中に生まれたであろう二番目の女の子である。ナンフー・ワンとジアリン・チャン監督の『一人っ子の国』(’19)でも描かれているように、家父長制が強力に支配し、跡継ぎとなる男子を求めて産み分けが横行し、女性として生きることだけでなく、女性として生まれること自体が大変なリスクになっていた当時の中国でそれが何を意味するのか。作中では描かれていないが、現在のチャオを取り巻く状況をみると、その努力の壮絶さは察するに余りある。それこそ事務所のバーターでキャスティングされた新人女優のように、周囲の男性たちに従順で愛想よく振る舞って、うまく立ち回ることもできたろう。しかし主体性と自由を求めるチャオは、親切を装って服従を求めてくる男たちの下心に対してタフであり続けるあまり、彼女の周囲はおろか鑑賞している観客までもが彼女のことを生意気でいつも不機嫌な女だと思うかもしれない。しかしチャオは常に不自由な人生のなかで、数少ない選択肢からただ選ばされ続けたにすぎない。そんな彼女からすればミャンマーへ駆け落ちした姉はチャオが求めていた自由を手に入れたように映り、そこに憧れと苛立ちさえ感じただろうし、チャオと対照的な人生を送ってきた姉も、このタフな環境で必死に努力し成功者となった妹に対して似た思いを抱いていただろう。その互いの思いはチャオの過去をめぐって相克となってしまうのだが…。

とあるシーンで「運命は生まれたときから決まっている」というセリフが出てくる。それでも自由であり成功者になることを夢みて、互いが互いを求めあう表裏一体な存在としてチャオ・イェンは運命に抗い、強く生き続ける。そしてあるシーンでみせるチャオの微笑みは、彼女が真に求めたものの象徴なのだ。そこには「最も利己的な世代」「最も反逆の世代」「世間も知らずに最も期待できない世代」と言われ続けた“80後”の連帯として、原作者ジャン・ユエランの思いが強く反映されているのではないか。その思いをメディ監督が見事に応えてみせたと思う。そして“80後”は今まさに中国の経済、文化を強力に牽引する原動力の中心にいる。2024年10月、中国のシンクタンク胡潤研究院の発表によると、TikTokの親会社であるバイトダンスの共同創業者、張一鳴氏が中国の大富豪番付1位となった。彼もまた1983年生まれの“80後”である。“チャオ・イェンの思い”は決して一人だけの思いではない。

作品情報

原題:The Unseen Sister[乔妍的心事]
監督:ミディ・ジー
キャスト:チャオ・リーイン/シン・ジーレイ/ホアン・ジュエ
112分/カラー/北京語 日本語/英語字幕/2024年/中国

妄想パンフ

A5タテ。チャオ・イェン主演作のパンフレットという体だけど、内容は一人っ子政策や80後など各世代の解説など、割と硬派な方向性に振っていきたい。

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