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【TIFFレポート後夜祭1】わたしの移住体験談『ひとつの愛』

文=鈴木隆子

コロナ禍を経て、リモートワークができるようになった人が増えたことで、都心を少し離れた場所や田舎へ移住する人が増えている。それは日本だけでなく海外でも同じようで、本作の主人公・ナタリアも移住組のひとりだ。

本作は、スペインの書店には必ず本が並んでいるという、スペインの人気小説家サラ・メサのベストセラー小説『ある愛 Un amor』を、『死ぬまでにしたい10のこと』『マイ・ブックショップ』などで日本でも知られるイザベル・コイシェ監督が映画化。人気作家のタッグとなり、物語がどう映像化されるのか期待が募る。

ナタリアが以前就いていた仕事は、難民申請の面接時における申請者の同時通訳。主にアフリカからの難民が多く、命の危険を冒しながら祖国から逃れてきた彼らが難民認定されるかどうかがかかっている、非常に責任の重い立場だった。

仕事の重圧と都会の暮らしに疲れ、スペインの山間の小さな村に古い一軒家を借りて田舎暮らしをスタートさせたナタリア。しかし借りた家がとにかく古く、部屋はホコリだらけで水道の蛇口をひねると泥水が出てくる始末。作品の事前情報が無ければ、ホラー映画かと思ってしまうような薄気味悪さだ。極めつけはとにかく大家が上から目線のミソジニーで、あまりにの性格の悪さに映画の冒頭から面食らってしまった。ナタリアは内見のときになんとも思わなかったのか、それとも他に良い物件がなかったのか。こう言ってはなんだが、既に移住失敗の匂いがする。

大家から、昔自分が虐待していたと思われる、顔に傷跡がのこる犬を飼えと押し付けられ、前途多難で幕を開けた移住ライフ。だが、隣人のステンドグラス作家の男性は少々おせっかいな面もあるが悪い人ではなさそうだし、徐々に顔なじみになる村人は大体人当たりは良く、人間関係はまずまずといったところか。ただ、狭いコミュニティの中での暮らしなので情報が知れ渡るスピードの速さは否めない。

そして、一難去ってまた一難。雨の日に、家中でひどい雨漏りが発生することが発覚。金額がかなりかかりそうな修繕に困り果てていたところ、近くに独りで住むドイツ人の男性・アンドレアスが修理を申し出てくる。ある奇妙な条件と引き換えに。
ナタリアは一度断るも条件をのみ、無事に雨漏りは解消したのだが、ナタリアがその条件に応じたのは、本当は修繕費を浮かせたかったのではなく、どこかで感じていた孤独や寂しさを埋めたかったからなのか。その後ふたりは身体の関係をもつも、求めるのはいつもナタリア。不満をつのらせ更に強い孤独に襲わるようになり、仕事も手につかず徐々に自己が崩壊していく。

劇中ではなぜ移住先をそこに決めたのかについては語られないので、土地に思い入れがあったかどうかは不明だが、ナタリアの場合、住む場所を変えたところで、得たものは何も無かったように思える。それどころか、移住前より心身ともに疲弊してしまった。
世界的に移住が「トレンド」としてひとり歩きしているようにも見える昨今、本作はその注意喚起としても受け取れる。

村をあとにし、もう二度と戻らないであろう美しい山々を望むナタリアの姿には、荻上直子監督作『波紋』のラストシーンが重なる。女性がしがらみから開放された状態を表現したいとき、その人を踊らせたくなるのはなぜなのだろうか。
こんなところまで来て、ナタリアは一体何がしたかったのか? それは本人が一番知りたいのではないかと思う。

作品詳細

原題:Un Amor
監督:イザベル・コイシェ
キャスト:ライア・コスタ、ホヴィク・ケウチケリアン、ウーゴ・シルバ
127分/カラー/スペイン語/2023年/スペイン

妄想パンフ

美しい山の景色を表紙一面に使用する。それは、外から見ただけではわからないよというメッセージを込めている。
世界の移住事情について特集するページを設け、各国の状況を比較してみたい。

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