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【TIFF5日目レポート2】『タタミ』息もできないほどにモノクロームな世界で

文=屋代忠重

2021年、東京オリンピック。男子柔道81キロ級でモンゴル代表選手が銀メダルを獲得した。選手の名前はサイード・モラエイ。イランから亡命、国籍変更しての出場だった。本作「タタミ」の主人公、レイラのモデルとされている。イランは1979年の革命以降、イスラエルを占領政権と避難し、国家として認めておらず長年敵対関係にある。これまでイランはイスラエルの選手との対戦を避けるため、意図的な敗退や棄権を選手たちに強要してきた。本作のレイラもその圧力を受けた一人だ。

女性柔道家のレイラはイラン初の金メダルを目指して、監督のマルヤムと世界柔道に臨む。
彼女は順調に勝ち上がるが、イスラエルの選手と対戦する可能性が出てきたため、イラン政府から試合を途中棄権するように圧力がかかる。自身や家族に危険が及ぶなか、レイラは政府に従うか、抗うかの厳しい選択を迫られることになる。

本国の指示に納得せず圧力を無視し破竹の快進撃をみせるレイラと、そんなレイラに棄権するよう説得を試みるマルヤムとの葛藤に加え、彼女たちの親族を人質にとった政府の悪質極まりない脅迫が、作品に途切れない絶望的な緊張感を生み出している。上映の画面サイズを通常より小さくし、映像をモノクロにしたことによって、レイラをはじめとするイランの女性たちが息苦しさと閉塞感の中で孤独を感じながら、イスラム社会を生きている様子が作品全体に漂っている。序盤はスポーツに対する理不尽な政治介入を軸に展開されているが、次第に女性の権利が抑圧されているイランで、女性が自分自身で生き方を決めることの難しさを、レイラやマルヤムの苦悩を通して描かれるようになる。これはマルヤムを演じ、共同監督として参加したザル・アミールの存在が大きい。イラン出身のザルとイスラエル出身のガイ・ナッティヴとの共同監督は政治的リスクがあまりにも高いため、制作中は作品に関するあらゆる情報が暗号でやりとりされ、ジョージアにて極秘裏に撮影された。イスラエルのガザ地区に対する攻撃が激しさを増すこのタイミングで上映された本作は、図らずもタイムリーな文脈をもってしまった。そんな本作を語るうえでサイードの他にもうひとり、作品にインスピレーションを与えた人物がいる。

マフサ・アミニ。イラン国籍でクルド人である彼女は、2022年9月にヒジャブの着け方が不適切とされ、道徳警察に身柄を拘束されたのち3日後に死亡した。警官による暴行が疑われ、イラン各地で大規模な抗議デモと弾圧に発展していった。そしてこのレビューを書いているまさに今もアルミド・ゲラヴァンドさんが、ヒジャブの着用をめぐって道徳警察によって暴行死した疑惑が報道されている。ヒジャブの着け方ひとつで命さえも奪われてしまうほどに、イランでは女性の社会的地位は低い。本作においても、たとえ代表選手のレイラでも世界大会に出場するためには、夫の承諾サインがなければ出国さえできないのだ。大会が進むにつれて、どんどんイスラム社会から外れていくレイラとは対照的に、そんな地獄のような社会であっても、決してイスラム的道徳から外れまいと、マルヤムはことあるごとにヒジャブの被り方を直している。マルヤムも昔は有望な柔道家だった。しかしソウルの大会で負った怪我が原因で、現役を退き指導者に転向。レイラにとって幼少期のヒーローだったマルヤムの引退は非常に悲しかったが、選手と指導者という関係で出会えたことに誇りを持っていた。しかし、今になって思えばマルヤムの怪我もひょっとすると…。自分のヒーローが圧力に屈していた事実はショック以外のなにものでもない。かくいうレイラも幾度となく挫けそうになるが、彼女には支えてくれる人たちがいる。自身も国外脱出の途中で大変なはずなのに、それでも頻繁に電話で励ましてくれる夫と息子。妻である自分を誇りに思ってくれており、彼女が脅迫に挫けそうになるたびに、自分のヒーローだと言ってくれる夫と息子の声に背中を押され、不屈の闘志で畳にあがり続けるレイラ。たとえボロボロになっても、締め技を決められても参ったのタップはしない。それは彼女にとって、政府の締めあげに屈することと同義だからだ。試合の内外で闘い続け、傷付き疲れ果てるレイラ。そんな彼女とかつての自分を重ねて、マルヤムの感情にも変化が生じてくる。そして過去にもイランがこうした圧力をかけていたことを認識しており、今回の事態を重く見た国際柔道協会(WJA)委員のステイシーと会長のジーンも、問題の解決に奔走する。ステイシーとジーン、レイラとマルヤム。女性同士の強い連帯が、この過酷極まりない状況を少しずつ動かし始めるのだった。

イランとイスラエルは敵対状態にあるが、必ずしも選手同士も敵対しているとは限らない。作中に登場するイスラエルのラヴィ選手はレイラとは親交があり、試合当日も互いの健闘を祈り合う関係で、大会中も追い詰められ憔悴していくレイラの姿を心配そうに見つめている。国家と個人。それは全く別のものであるし、個人は国を越えるが、国が個人を越えることがあってはならない。奇しくも今年のtiffでは国と個人の間の不条理に翻弄される女性たちを描いた作品に多く出会った。その作品すべてに「国か?個人か?」の問いが浮かび上がっていた。同じ問いにも関わらず、作品ごとにその意味合いが全く違う。そして、それらに意味や文脈を与えているのは社会であり人だ。意図せず宿ったこの作品の文脈が、今後どのように変わるのか?はたまた変わらないのか?それは今の社会を生きる私たちにかかっている。

36thTIFF 2023/10/28

作品情報

監督:ザル・アミール/ガイ・ナッティヴ
キャスト:アリエンヌ・マンディ/ジェイミー・レイ・ニューマン
103分/モノクロ/英語・ペルシア語/日本語・英語字幕/2023年/ジョージア・アメリカ
予告編はこちら

妄想パンフ

正方形。試合会場を上から俯瞰した表紙。これまでのイラン関連の中東情勢を振り返る年表や、現在にいたるまでの解説コラム。
作品に登場する対戦相手が本当の選手だったり、審判、実況から解説まで全員本物を揃えるこだわりを紹介するなど作品を徹底的に深堀する内容。

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