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【TIFF3日目レポート1】『パワー・アレイ』ブラジル社会が包む暗雲を払う東風

文=屋代忠重

17歳のソフィアは地元サンパウロで活動するバレーボールの強豪ユースチーム“セレステ”の有望選手。その才能を評価されて、スカウトからチリでの活動と奨学金のオファーを受けている。いま参加している選手権の決勝に向けて練習を重ねていた矢先、ソフィアは自分が妊娠していることを知る。しかしブラジルは一部例外を除いて中絶は違法だ。自分のキャリアが狂ってしまうのはもちろん、自分がいないとチームが勝つのは難しいことも理解している。それだけにみんなを失望させてしまうのではないかという恐れから、誰にも相談できず孤立していってしまう。

今年の東京国際映画祭でも「女性たちの中で」や「ライ麦のツノ」など、女性の望まぬ妊娠と中絶を題材にした映画が取り上げられている。昨年劇場公開された「あのこと」もそうだが、これらの作品が過去の時代を振り返っているのに対して、本作はブラジルで現在進行形で起きている。キリスト教の影響が強いブラジルでは、いまも市民レベルで中絶に対する根強い反発がある。ソフィアはネット上でみつけた医療施設で中絶の手続きを行う(もちろん違法)が、エコー写真の撮影中に診療所の女性職員がソフィアのカバンを漁っていることに違和感を感じ、逃げるようにして飛び出していく。実はその施設は中絶しようと訪れた女性を思いとどまらせるために、そのまま拘束し監禁、中絶しないように監視するという中絶反対派の民間団体が運営する偽クリニックだったのだ。団体の職員は諦めることなくソフィアの関係者に彼女の妊娠を密告し、脅迫めいた圧力を各方面にかけて執拗に彼女を追い詰めていく。あまりの状況に俄かには信じがたいが、ブラジルでは中絶の議論そのものがタブー視されている。そしてその苦難を味わうのはソフィアだけでなく、本作の制作においても同じであった。

当初は政府から資金援助を受けていたが、極右政党のボルソナーロが大統領に就任すると、資金の凍結という憂き目に遭う。そのためブラジルの他にフランスとウルグアイ(両国とも中絶が合法)の企業からも資金提供をうけた。パンデミックを経て2022年に、やっと撮影を開始。その最中にボルソナーロは退陣、ルーラ新政権が誕生していた。そのルーラも大統領選中、当初は中絶の権利を認める方針だったが、あまりの世論の反発に途中で中絶反対に転向している。このときの得票率もルーラ50.9%-49.1%ボルソナーロという非常に僅差であったことから、中絶問題に言及することがいかにデリケートであるかがうかがえる。

思い悩むソフィアだったが、彼女は決して孤独ではなかった。ソフィアが所属するセレステの仲間たちは彼女を愛している。このチームはLGBTQ+のさまざまな子供たちが参加しており、それぞれの自由な生き方を尊重し合っている。そのパワフルでエネルギッシュなシスターフッドは、孤立しかけたソフィアの強力な力となる。全員がソフィアのために奔走する姿はまさにワンチームだ。このチームのしなやかで大胆な強さが映画を鮮やかに彩り、素晴らしい音楽によってエモーショナルで力強い印象を与えている。ソフィアもチームメイトのソウと深く繋がることで、自分の意思と身体を束縛しようとする勢力に立ち向かう勇気を得る。そしてむかえた決勝戦。ハラ監督はその顛末を決して安易な展開にせず、チームの若さと想像力、強い決意と団結をもってたことを選択した。

ハラ監督はAnother Magazineのインタビューで、こういった問題は「コミュニティ」と「帰属意識」からくると話している。これらは宗教的な問題に限らず、ジェンダー、階級、民族への暴力の問題でもあるとも語っている。日本で生まれ育った私には、ブラジルを取り巻く状況をすぐに理解するのは難しいかもしれない。しかし、いまの日本を覆っている不穏な空気を感じるにつけ、ハラ監督の言葉は決して他人事ではないことを思い知らされる。

36thTIFF 2023/10/26

作品情報

監督:リラ・ハラ
キャスト:アヨミ・ドメニカ/ロロ・バルドー/グレイセ・パソー
100分/カラー/ポルトガル語、スペイン語/日本語・英語字幕/2023年/ブラジル・フランス・ウルグアイ
予告編はこちら

妄想パンフ

作中に登場する中絶薬「ミソプロストール」のパッケージを模した装丁。
中絶をめぐるブラジルの分断や、ボルソナーロ政権時代などの解説記事。
ブラジルにおけるLGBTQ+の現状なども紹介してほしい。

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