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【TIFF1日目レポート2】『メイ』数十年後を想像して

文=鈴木隆子

上海の郊外で一人暮らしをしている70代のメイは、私たちもよく知る洗顔料の商品ロゴが入ったキャリーを引き、しっかりお化粧をして毎日元気に外出する。男性と食事へ、ダンスホールへ、麻雀(ときには徹夜で)へと、とにかくアクティブだ。携帯にしょっちゅう電話がかかってきて、友達も多い。

いわゆる高齢者といわれる年代の人を追ったドキュメンタリーとなると、日本であれば、年金受給額が下がる一方で受給年齢は年々引き上げられ、生活苦に追い込まれつつある高齢者の現状を伝える内容をイメージしそうだ。しかし本作は、それと似たような現状であっても、人との交流を持ちパートナーを求め、友人・知人・初対面は関係なく、おしゃべりではとにかく自分の言いたいことを話しまくる、精神的に自由を謳歌する一人の女性の日常を捉えている。

娘が一人いるがメイは現在一人身で、男性との出会いを求めているようなのだが、知人から紹介や、ダンスホールや公園などの出会いの場で知り合う相手に、教養はあるのか、自宅は持ち家か賃貸か、財産についてなどの質問をバンバン投げかけ、その答えがどうであれメイは持論を展開する。観ているこちらが相手がどんな反応をするのかドキドキしてしまうほど。しかしその男性や周りの友人たちは全く気にすることなく自分の考えを貫いていく(その内容の良し悪しは置いておいて)。映画冒頭、まずメイのおしゃべりには圧倒されるが、みんな相手に気を遣いすぎず忖度せず、言いたいことを言い合っても誰も気にしないやりとりはぶつかり合いながらも楽しそうで、ちょっとうらやましくも思えてくる。

メイは年金暮らしなのだが、毎月支給される額は3,000元(日本円で約61,000円、10/25現在)で、その約半分が家賃に消えるので、決して裕福な暮らしを送っているわけではない。世界を代表する大都市であっても、低所得層の住宅事情は悪く、冬の寒さは東京よりかなり厳しそうだ。メイが住む小さな部屋は、半分以上が荷物で埋め尽くされ、一角は今にも雪崩が起きそうなほど物がうず高く積み上げられている。時折映される上海の街並みは、老朽化した建物とピカピカの高層ビルとのコントラストが強く、格差社会が進んでいることが一目でわかる。一人っ子政策の影響で、日本以上に少子高齢化が進んでいるといわれている中国の状況は、日本に住んでいる我々にはなんとなく想像がつくだろう。

どこに行っても仲間がいて、居場所が沢山あるメイなのだが、実はあまり笑顔を見せない。両親は既に他界しており、財産分与が原因で実姉と確執がある。また、詳しくは語られないが元夫との関係などももしかしたら、メイの人生に影を落としている原因なのかもしれない。
メイと同じぐらいの年齢になった自分をちょっとまだ想像できないが、人生ひっくり返るようなショッキングな出来事がないとも限らないし、その影響を後の人生ずっと引きずることになるかもしれない。そう考えると、人それぞれなんやかんやあって、長く生きている者同士が集まったら、お互いの考え方に寛容になってきそうだ。
数十年後の私たちの生活が、社会的に良い方向に向かっていくのかはわからないが、行く場所があり、誰かと繋がるという日常こそ一番大切に、また、最終的に求められるものになっていくのだろうと、メイが過ごす日々を垣間見ることで強く感じたのだった。

36TIFF 2023/10/24

作品情報

原題:May[梅的白天和黑夜] 監督:ルオ・ドン[罗冬] キャスト:チェン・ユーメイ、リウ・ショウユン、リウ・イェンフー
85分/カラー/北京語、上海方言/日本語・英語字幕/2023年/中国
予告編はこちら

妄想パンフ

B5ヨコで、上海タワーを含む、上海のランドマークが一望できる景色の写真を表紙に。(ちょっと曇っていて全体的に寒そうな雰囲気の写真)
やはり上海の生活事情が気になってくるので、そのあたりのデータを含めた説明があるとより理解が深まりそう。
公園は出会いの場として独特の文化がありそうで興味深かったので、豆知識的に解説が欲しい。

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