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【TIFF1日目レポート1】『ほかげ』揺らめくほかげは影か灯か

文=屋代忠重

“ほかげ”には灯火に照らされて映る影と、灯火そのものという対照的なふたつの意味がある。戦争という炎火に映るそれは、生き残った人々の闇か、それとも闇に光る希望の灯火か。『野火』で極限下の戦地で人はどれだけ鬼になれるかを描いた塚本晋也監督の約5年ぶりの新作は、終戦直後の混乱期を生きる市井の人々を描いた。

舞台は第二次大戦が終結した直後の日本。日本は戦時中から深刻な物資、食糧不足に陥っていたが、終戦間もなくして復員兵や外地からの引き揚げなどで都市部に大量の人が流入し、事態の悪化にさらなる追い打ちをかけていた。政府が管理する物資だけでは到底まかないきれず、やがて闇市が形成され独自の市場論理ができあがった。空襲で両親を亡くした少年は、その闇市の商店で盗みを働いて生活を送っていた。ある日、少年は盗みに入った先の居酒屋の女性主人と出会う。そしてそこで知り合った元教員の復員兵の男と3人で同居生活を送ることになる。はじめはお互いに失ったものを満たす、ささやかながらも幸せな生活を送る3人。しかし悪夢にうなされる少年、闇市に響く発砲音に怯える復員兵、戦争で夫と子供を失った女、やがてそれぞれの戦時に負ったPTSDがその幸せさえも蝕んでいく。彼女らにとって戦争はまだ終わっていないのだ。戦争が家族を引き裂いたように、その爪痕によって同居生活は引き裂かれ、つかの間の疑似家族は元の痛みを抱えたままバラバラになってしまう。

居酒屋を出た少年は、同居中に知り合った片腕が動かない男と行動を共にする。男は少年が銃を持っていることを知ると、少年にある計画に協力してほしいと頼む。不安に駆られながらも少年は男についていくが、男もなかなかその決心がつかない。しかし復員したのち精神を病んで幽閉された青年との出会いが、男を実行へと駆り立てるようになる。そして計画が実行されたとき、男の片腕が動かない理由、銃の残弾を確認した男がつぶやいた「神の思し召し」という言葉の真意が炎となって燃え上がる。銃声のひとつずつが、無念のうちに死んだ男の戦友たちに捧げる号砲にも聞こえる。本懐を遂げた男は少年に謝礼を渡し別れを告げる。少年の目に映る男の後ろ姿は虚しさにも似た達成感に包まれているようにみえた。そして闇市に戻った少年は、一発の銃声とともに戦後という時代へ姿を消していくのだった。

居酒屋の女と復員兵、そして片腕の動かない男との出会いを通じて、たとえ戦争が終わっても生き残った人々はその後遺症に苦しみ続けるし、そのあいだは決して戦争は終わっていないことを痛感させられる。居酒屋の女の夫のように戦地で鬼になれないものは生きて戻れず、復員兵のように鬼になれても人に戻れず、ただ廃人のように生きていく。片腕の動かない男のように本懐を遂げるものもいる。戦争はこうも残酷に彼らの運命を弄ぶ。家族と孤独、怒りと諦め、怨念と執着。その全てを燃やして戦争という炎に照らされたほかげは、戦後の極限状態下に暮らす市井の人々の闇を映している。だからこそ居酒屋の女も片腕が動かない男も、向こう側にいる少年には希望の灯としてのほかげを見たのだろう。正気でいる方が狂っている世界で、狂わないために狂うしかない世の中で、何も盗まず、誰も殺さず、真っ当に働いて暮らす。少し前まで当たり前だった、ただそれだけの日常さえも奪われてしまった自分たちとはどうか違う未来を歩んでほしい。その願いは少年に、そして現代を生きる私たち、未来を生きる子供たちへのメッセージであり祈りでもある。少年はほかげの向こうにそれぞれが自らの手で、自分たちの戦争を終わらせる姿を見た。あなたには何が見えるだろうか。

36thTIFF 2023/10/24

作品情報

監督:塚本晋也
キャスト:趣里/森山未來/塚尾桜雅
96分/カラー/日本語英語字幕/2023年/日本
予告編はこちら

妄想パンフ

B5タテ。作中に登場する小学校の教科書を模したデザイン。
各インタビューに加え、当時の闇市の様子や復員兵の実情など、戦後間もない市民の様子がわかる記事と有識者コラムなどテキストを中心に。

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