文＝鈴木隆子　イラスト＝喜田なつみ

あなたは人間関係で悩んだことはあるだろうか。無いという人は、恐らくほとんどいないだろう。悩みの大小は様々あるが、老若男女問わず生きている間は無視できないトピックだと思う。しかし学校や会社など、社会に出て人生経験を積めば積むほど処世術が身に付き、うまくやり過ごせるようになることも増えてくる。なので、人と向き合うことを必要以上に避けてしまっている場合もあるのかもしれない。うまくやり過ごせているからこそ余計に、「楽だけどこのままで大丈夫なのか…？」と、最近不安を感じるようになった。
そんなタイミングで、小学生男子たちの思春期を描いた『雑魚どもよ、大志を抱け！』の中の、友だちのために行動を起こしたり、真剣に悩んだりする彼らを見て、「羨ましい」と感じる自分がいた。純粋に、誰かのことを思いやるという気持ち、あの頃の自分にもあったはず。それをどうしたら取り戻せるのかと、考えを巡らせた。

足立紳監督自身が書いた小説『弱虫日記』を映画化した『雑魚どもよ、大志を抱け！』。20年以上前に書いた『悪童』という脚本が小説の元になっていて、足立監督が当時師事していた故・相米慎二監督に唯一褒められた脚本なのだ。資金面などの問題ですぐに映画化を実現させることが難しかったそうだが、諦めずに長年様々なアプローチを続けていくなかで徐々に協力者が集まり、この度満を持しての映画化となった。

舞台は、昭和の終わり頃の1988年の田舎町。瞬（池川侑希弥）、隆三（田代輝）、トカゲ（戸梶元太）、正太郎（松藤史恩）の仲良し4人組は、そこここでイタズラをしかけたりして大人たちに怒られながらも、元気よく町中を自転車で駆け抜ける。ああ、こういう男子たちがいたなあと懐かしさを感じたが、主役の瞬を演じた池川侑希弥は、「こんな子たちが昔はいたなんてびっくりした」のだそうだ。
小学5年生から6年生の思春期にさしかかる大事な時期を過ごしている彼らはそれぞれ、進路、親の病気、いじめ、貧困、宗教二世、両親の離婚など、ほとんどが一人では到底解決できない悩みや問題を抱えている。しかし、それらは彼らの友情とは無関係。気の合う仲間たちと一緒に毎日遊んでいられたら、それだけで良かった。
そんなある日、瞬はいじめの現場を目撃してしまう。見て見ぬフリをしてしまった瞬は、弱虫で卑怯な性格がバレてしまったことで友人たちとはギクシャク。罪悪感にさいなまれ、また、そんなタイミングで瞬を悩ませる出来事が次々と降りかかり押しつぶされそうになる。しかしここで逃げたら全てを失ってしまうと立ち上がり、自分の弱さと真正面から向き合い、大切な友人たちとの関係を取り戻すため、恐れているものに立ち向かうのだった。

映画で描かれている時代から35年経った今、いくらテクノロジーが進化して便利な世の中になっても、大切なあの人との関係がこじれてしまったとき、その対処方法をChatGPTは教えてくれない。やはり人間同士の悩みを解決する近道は無くて、傷ついたり傷つけたり痛い思いをして初めて人の気持ちがわかったり、人のことを思いやれるようになる。そうやって、リアルな経験を積み重ねていくしかないのだ。
痛いのはできるだけ避けたいし、怒られたり喧嘩したりするのも嫌だけど、不器用でもちゃんと向き合ってくれるほうが嬉しいしありがたい。そんなことを、関係が悪くなってから気付くというのを私は繰り返している気もするのだが、それでも良いのだと、彼らの姿を見てちょっと心が楽になった。
時代は変わって、私たちは今まで以上に「人間らしさ」を必要としていると、みんなそろそろ気付き始めているのではないだろうか。

作品情報

監督：足立紳
脚本：松本稔／足立紳
原作：足立紳『弱虫日記』（講談社文庫）
音楽：海田庄吾
主題歌：インナージャーニー「少年」（鶴見river records）

出演：池川侑希弥（Boys be/関西ジャニーズJr.）、田代輝、白石葵一、松藤史恩、岩田奏、蒼井旬、坂元愛登
臼田あさ美、浜野謙太、新津ちせ、河井青葉／永瀬正敏

作品公式サイト

パンフ情報

映画『#雑魚どもよ大志を抱け』📚

正方形の版型に、表紙は5人のメインキャストが「地獄トンネル」からこちらを見つめる写真が。#足立紳 監督と劇中の少年たちを演じた7人のキャストとの再会座談会が、映画の感動を思い起こさせる。
ロケ地となった岐阜県飛騨市のロケーションマップも！#patureview pic.twitter.com/bsexqTRhhg

— 鈴木隆子 (@tacaco125) April 2, 2023

【奥付情報】
2023年3月24日発行
発行所：東映ビデオ株式会社
編集：株式会社キネマ旬報社
デザイン：寺澤圭太郎、鈴木規子
印刷：株式会社一九堂印刷所
価格：1,000円（税抜909円）