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【PATU REVIEW】それは身近なところからはじまる『チョコレートな人々』

文=鈴木隆子 イラスト=喜田なつみ

茶、ピンク、青、白、緑、ベージュなどのカラフルな長方形が並び、その中から覗いているのはドライフルーツやナッツ、甘納豆などだとわかると、これらはチョコレートなんだ! とハッとする。
愛知県豊橋を中心に全国展開するチョコレートブランド「久遠チョコレート」の看板商品「QUONテリーヌ」がずらりと並ぶ、ドキュメンタリー映画『チョコレートな人々』のメインビジュアルは、その断面から見える多種多様な素材は何だろうと想像し、ベースのチョコレートと合わさった味を想像するだけで楽しくなる。(なんと150種類もあるのだそう)
見た目のインパクトやスタイリッシュさの中に温かみも感じるチョコレートたち。新進気鋭のブランドなんだろうと想像する人が多いかと思う。たしかにそうなのだが、「新進気鋭」という言葉では収まらない、我々の想像の枠を超えたものが「久遠チョコレート」にはある。

そんな「久遠チョコレート」の19年を追った本作は、『ヤクザと憲法』(2015)や『人生フルーツ』(2016)など、ドキュメンタリー映画のヒット作を生み出し続けている「東海テレビドキュメンタリー劇場」の第14弾になる最新作。面白そうなドキュメンタリー映画が上映されると知る→それが東海テレビの製作だと知る→安心して観に行く(優先的に)、というサイクルが出来上がっている人は自分だけではないはず。信頼と実績の「東海テレビドキュメンタリー劇場」に、今回も大いに期待を寄せた。

「久遠チョコレート」は日本全国で40店舗57拠点を展開し、昨年だけでも新たに6店舗がオープン。また、チョコレートだけでなく焼き菓子やクッキーなどのブランドも増やして急成長している企業だ。
そんな久遠チョコレートの従業員570人のうち430名以上が(2022年8月時点)、子育て中の母親や、親の介護をしている人、心や体にハンディキャップがある人、シングルペアレント、心に悩みを抱える人、セクシュアルマイノリティの人などで、多様な人たちが働きやすく、なおかつしっかり稼ぐことができる職場を提供し続けている。

お菓子作りは繊細な作業工程で、久遠チョコレートのような細かい作業が必要そうな商品であればなおさら、それなりの鍛錬が必須なのではないか…と思ったのだが、劇中に何度も繰り返される「チョコレートは失敗しても温めれば、作り直すことができる」というフレーズが物語っているように、チョコレート作りは“何度でもやり直せる”。まさにそうなのだった。
またそのチョコレート作りの工程を分け、その人それぞれの特性を活かしたパートを受け持ってもらう。集中力や手先の器用さを活かして、チョコレートの上に細かく切ったドライフルーツなどを丁寧にトッピングする、包装箱を短時間で組み立てる、といった作業はまさに職人技だし、工場以外の店舗での接客のほか様々な作業についても、皆それぞれの持ち場で奮闘している。もちろん、このような形になるまでは紆余曲折、試行錯誤の繰り返しであった。
度々おきるトラブルは、キャリア採用をすれば回避できることもあるとわかっていても、代表の夏目浩次さんは、それをしない。たしかに生産性はあがるかもしれないけど、それでは面白くないし、それよりも僕はその人の人柄で採用してしまうんですよね、と言う。

久遠チョコレートの取り組みや夏目さんの考え方を、自分の生活に落とし込んでみる。すると、効率と生産性を優先し、常になにかに急いでいる日々のなかで、自分が見落としているものが見えてきた。
特に、身近にいる人のことを自分は本当に「知っている」のか、ということ。夏目さんは働く一人ひとりの得意なことや苦手なことを理解し、その人が出来ることを見つけ、時には作業環境や道具を変えるなどの工夫を重ねていく。
自分の今までの人生を振り返ると、もう少しあの人のことを知ろうとしたり、歩み寄っていたりしたら、きっとあの時の状況は変わっていたよな…ということが沢山ある。もちろんそれが全てとは限らないが、思い返せばそれがほとんどの解決策だったのではなかろうか。人と向き合うということはときにストレスを感じることもあるし、避けて通ることもできてしまう。コロナ禍以降とくに「避けやすい」環境ができているという実感もあった。この約3年間ですっかり衰えてしまったコミュニケーションの筋肉をイチから鍛え直していったら、自分の生活の中で何か小さな変化を起こすことができるかもしれない。

久遠チョコレートが「誰も置き去りにしない社会を。誰も置き去りにされない世界を。」というビジョンを掲げ、それを実現する根底には、一緒に働いている一人ひとりのことを知り、考えるという理念があるのだと思う。普段生活をしていると、SDGs、SDGsと、この言葉を聞かない日はないが、世界が掲げているこの大きな目標の実現は、ごくごく身近なことから始まるのだ。
何があっても「何度だってやり直せる」のだから、少しでもいいから自分も動いてみようではないか。チョコレートを見るたびに、思い出すようにしよう。

作品情報

ナレーション:宮本信子
プロデューサー:阿武野勝彦
音楽:本多俊之
音楽プロデューサー:岡田こずえ
撮影:中根芳樹 板谷達男
音声:横山勝
音響効果:久保田吉根 宿野祐
編集:奥田繁
監督:鈴木祐司
製作・配給:東海テレビ
配給協力:東風
2022年/日本/102分/(C)東海テレビ放送

作品公式サイト

パンフ情報

【奥付情報】
2023年1月2日発行
発行:東海テレビ放送+東風
編集:東風
デザイン:渡辺純
価格:800円(税込)

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