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【PATU REVIEW】「そのまま」を「そのまま」で。『そばかす』

文=鈴木隆子 イラスト=喜田なつみ

出会いを求め、連日連夜合コンに誘ってくる同僚。口を開けば結婚、結婚と迫る母親。
物語の冒頭、彼女たちの姿に既視感を覚える人は少なくないだろう。

私は中高時代、恋愛の話しかしない女友達に辟易していて、興味無さそうにしていると仲間はずれっぽくされたことを思い出した(そんな彼女たちとは卒業後すぐ疎遠になった)。今思えば単にウマが合わなかっただけなのだが、みんなと同じぐらい恋愛に興味を持てないのは変なのかな? と悩み、居心地の悪さを感じていたことは確かだ。
また、両親が私の結婚相手として卒業以降なんの繋がりもない同級生と引き合わせるという強硬手段に出ようとしたり、別の人からは「そろそろ結婚しないと」と、勝手にお見合いをセッティングされそうになったりなど、周囲のおせっかいに非常に迷惑な思いをしたことも多々ある。

少し前まで、テレビで21時台にやっているドラマといえば20、30代の男女が主役の恋愛ものがほとんどで、今ほどコンテンツに選択肢が無かった時代に10〜30代を過ごしてきた私の同年代からその上の世代の人たちは、知らずしらずのうちにそのドラマの世界観が自分たちの基準になっていた。そんな、男女が出会ったら恋愛に発展しそして結婚するのが「普通」という世の中の考え方が少しずつ変化している兆しを、本作の主人公・蘇畑佳純の姿から受け取ることができ、苦い思い出から少し開放されたような気持ちになった。

セクシュアルマイノリティの男性二人の恋愛と、その二人を取り巻く人たちの様々な幸せのかたちを描いた、今泉力哉監督作『his』(2020)で企画と脚本をつとめたアサダアツシが、劇団「玉田企画」の主宰である玉田真也監督に、他人に恋心を抱かない女性を主人公に据えるという題材で企画の話をしたことがきっかけで誕生した『そばかす』。
『ドライブ・マイ・カー』(2021)で主人公・家福のドライバー、みさき役の名演が記憶に新しい、三浦透子の単独初主演作だ。

主人公の蘇畑佳純(三浦透子)は、人に恋愛感情を抱くことがない。しかし30歳になった佳純のまわりには、やれ合コンだ、やれお見合いだと、本人の意思はそっちのけでおせっかいを焼く同僚や母親の姿が。そんな周囲の圧力により、恋愛をする感情がおきない自分のことを理解してもらえないというもどかしさが、佳純の心のなかで徐々に膨らんでゆく。

恋人がいないのならつくらなくちゃ、30歳になってもまだ結婚していないのなら、相手を見つけなくちゃと、その考え自体は人それぞれなので、間違っているとは思わない。それを他人に押し付けないでもらえたら、それでいい。そうしてくれたなら、佳純が周囲との違和感を感じて悩む必要は無かったのだ。

そんな折、佳純は、東京でAV女優として活躍した後地元に戻ってきていた、中学校の元同級生の世永真帆(前田敦子)と偶然再会する。当時は特別仲良しなわけではなかったが、今はなんだかバイブスが合うとお互い感じたふたり。徐々に距離を縮めていくなかで、人の目を気にせず堂々と自分の意見を言い、我が道を進む真帆ちゃんを見て佳純は、まわりに自分のことをわかってもらえなくても、自分はそのままで楽しく過ごしていけるし、前に進んでもいけることに気づいていく。
その過程で真帆ちゃんに手伝ってもらいながら作った、佳純の職場である幼稚園で披露するためのデジタル紙芝居「現代版シンデレラ」は最高だった(最後まで見たかった)。多くの人が、幼少のころに聞かされたおとぎ話によってすり込まれた、女性に対する古い価値観への問題提起を盛り込んでいたため、園児たちや親御さん、先生方が戸惑いを見せてはいたが、そこにはまわりと一緒に戸惑うふりをして心の中では拍手を送っていた人がいたに違いない。

これは、自分の恋愛観や指向について、周囲の偏見やそれによって受けたつらい出来事を「乗り越える」物語ではない。また、まわりが受け入れる、理解する、という話でもない。もっと根本的なところで、一人ひとりが何の違和感も感じることなく、そのままの自分で居られることが本当の「普通」なのではないかと思う。人の数だけ様々な価値観が存在するのは当たり前で、それについてお互いに、何か言ったり言われることもない。そんな誰もが居心地よく過ごせる世の中に早くなってほしいと願う。

作品情報

監督:玉田真也
企画・原作・脚本:アサダアツシ
出演:三浦透子、前田敦子、伊藤万理華、伊島 空、前原 滉、前原瑞樹、浅野千鶴、北村匠海(友情出演)、田島令子、坂井真紀、三宅弘城
主題歌:三浦透子『風になれ』(EMI Records/UNIVERSAL MUSIC)
2022年/日本/カラー/アメリカンビスタ/5.1ch/104分
作品公式サイト

パンフ情報

【奥付情報】
発行日:2022年12月16日
発行:「そばかす」製作委員会
編集:マジックアワー
デザイン:谷田部准司(トルトゥガ・グラフィック)
編集協力:FINOR
定価:800円(税込)

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