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【PATU REVIEW】本国ヒットの大きな意味『シスター 夏のわかれ道』

文=鈴木隆子 イラスト=喜田なつみ

ずっと追いかけてきた夢を手にして自分の人生を歩むか、突然現れたほぼ他人とも言える幼い弟の面倒をみるために自分の夢を諦め「姉」として生きるか。

本作の基盤にある、中国に根強く残る家父長制。その中で生きてきた女性たちが経験してきたことと比べたら足元にも及ばないが、自分も今まで「女性としての役割」を主に社会に出て仕事をする中で押し付けられ、男性優位の社会の中で理不尽な思いもしてきたことから、映画のかなり早い段階で主人公のアン・ラン(チャン・ツィフォン)を全力で応援する体勢に入った。絶対夢を追いかけるべき、いや、なんとかして両立させることはできたりしない? などと、すっかりアン・ランになりきって一緒に最後の最後まで悩みきってしまった。

男の子を望んでいた両親から早くに自立し、医者になる夢を叶えるため看護師として働きながら大学院進学を目指していたアン・ラン。ある日、疎遠になっていた両親が交通事故で亡くなり、お葬式の日に会ったことのない6歳の弟ズーハン(ダレン・キム)が突然目の前に現れた。故人を悼むことを忘れているかのように、親戚一同は遺産相続についてそれぞれの考えをぶつけ合い、アン・ランは姉であるという理由だけでズーハンの養育を押し付けられそうになるが、アン・ランはズーハンを養子に出すことを宣言する。ズーハンは両親から沢山の愛情を受け育ってきたことは明らかで、自分の夢を捨ててまで今まで会ったことのない弟の面倒をみることは、望まれなかった娘として扱われてきたアン・ランには当然受け入れられないだろう。

中国で1979年から2015年まで実施された一人っ子政策のなか生まれ育った、現在の40代ぐらいまでの世代の人々にとっては特に、自分の物語として受け取る部分が多いのではないかと思う。また近年、世界中で性差別についての問題提起が様々な角度で行われていることもあり、本国でアン・ランが選ぶ人生についてSNSで論争が巻き起こったことは、中国社会のまさに“今”を表している。(一人っ子政策については、中国生まれのナンフー・ワン、ジアリン・チャン監督のドキュメンタリー映画『一人っ子の国』(2019)で、政策が人々に与えた深刻な影響や中国政府の闇を暴き出しているのでぜひご覧いただきたい)。
それでも、今現在も男の子を望む家庭が多いようで、劇中で描かれる、母体が危険に晒されているにも関わらず、お腹の中の男の子をなんとしてでも出産させようと躍起になる父親とそれを受け入れる母親の姿はから、自分が今まで過ごしてきた環境の中で出来上がったものさしでは測れない、その国で生きてきた人たちの中に根付いている強い考えや因習が及ぼす影響を知り愕然とした。しかしそれでも人命に代わるものなんて無いと思うのだが…未だ心のなかに葛藤が残る。

監督のイン・ルシオンはパンフレットのインタビューで、現在の中国における女性の地位は大いに向上している一方で、叔母のアン・ロンロン(ジュー・ユエンユエン)のように自分の人生を選択できなかった人々も多くいることが影に隠れてしまっていることを指摘している。今も中国の多くの人々の人生を変え続けている、一人っ子政策と家父長制をテーマに据え、女性の監督と脚本家が一人の女性の人生の選択を描いた作品が中国国内で『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』などのハリウッド大作を超え大ヒットした背景には、国民からの声が隠されているように思えてくる。

自分の人生を選択する権利は誰にでもあるが、自分の力ではどうにもできない習慣や文化、社会背景などの影響で、それがとても難しいものになっている人々もまだまだ沢山いる。本作の舞台は中国だが、描かれている状況は日本にも当てはまるところが多い。これから私たち女性の未来はどうなっていくのだろうか。イン・ルオシン監督や本作の脚本を書いたヨウ・シャオインをはじめとした女性のクリエイターの活躍が珍しいことではなくなり、それが女性の人生の選択の自由を後押しするような影響をもたらすものになってほしいと願う。

作品情報

監督:イン・ルオシン
脚本:ヨウ・シャオイン
出演:チャン・ツィフォン、ダレン・キム、シャオ・ヤン、ジュー・ユエンユエン
主題歌:「Sister」ワン・ユエン
2021年/中国語/127分/スコープ/カラー/5.1ch/原題:我的姐姐/日本語字幕:島根磯美
配給:松竹

作品公式サイト

パンフ情報

【奥付情報】
2022年11月25日発行
編集・発行:松竹株式会社 事業推進部
編集:川本奈七星(松竹)
デザイン:大寿美トモエ(大寿美デザイン)
800円(税抜価格880円)

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