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【TIFF最終日レポート】意思を受け継ぐ『生きる LIVING』

文=鈴木隆子

この秋、海外からの渡航者の受け入れ条件が大幅に緩和されたため、東京国際映画祭の海外ゲスト数は昨年の8人から104人に増え、海外作品の監督や俳優などの登壇イベントやトークセッションが数多く行われた。私はまだそのアーカイブ映像の一部しか見られていないが、その少ないなかでも彼らから黒澤明監督の名前をよく耳にした。それは、黒澤作品から蒔かれた種が世界中に広がり世界各地で芽吹いていることを、映画祭ならではの形で実感することができた嬉しい瞬間だった。

今年のクロージング作品に選ばれたのは『生きる LIVING』。数ある黒澤作品の中でも、代表作のひとつとして国内外で高く評価されている『生きる』(1952)を、第二次世界大戦後のイギリスを舞台にリメイクした作品だ。
監督は、日本での公開作はまだないが『Beauty』(原題)で2011年にカンヌ国際映画祭にて、独立賞のひとつでLGBTQ+がテーマの作品に授与されるクィア・パルムを受賞した、オリヴァー・ハーマナスが務める。そして脚本はノーベル賞作家のカズオ・イシグロ。自分は脚本家ではないけれどこの作品であればやろう、と今回のオファーを受けたのだそうだ。そして主人公・渡辺役(ウィリアムズ)にビル・ナイを提案したのはカズオ・イシグロで、彼に当て書きしたという脚本にビル・ナイ本人は「言葉では言い表せないぐらい光栄だった」と語っている。

天真爛漫かつ歯に衣着せぬ物言いで渡辺の心を動かす小田切とよ役(マーガレット)は、Netflixオリジナルドラマ『セックス・エデュケーション』のエイミー役で日本でも注目を集めるエイミー・ルー・ウッドが、そして渡辺の志を唯一受け継ぐことになるであろう渡辺の部下役(ピーター)には、『パーティーで女の子に話しかけるには』(2017)の主人公・エン役などで知られるアレックス・シャープと、この物語にとって重要な役どころにそれぞれの個性を思う存分発揮し、イギリスを舞台に蘇る本作に説得力をもたせている。

自分に与えられた場所で一体何ができるのか? 仕事に忙殺される日々のなかでいつの間にか考えることをやめ、思考停止したまま流れに身を任せ、果たしてそれは「生きている」と言えるのか。社会に出て働く人にとっての普遍的なテーマを、オリジナルに忠実にかつ丁寧に描き、見覚えのある「あるアイテム」の登場や翻訳などからもわかるように、作品の隅々に作り手たちの黒澤監督と『生きる』へのリスペクトの気持ちが宿っていることを感じさせ、その想いはスクリーンから溢れてくるようだった。

日本を代表する先人の功績を、このような形で私たちが享受することができるとは、感動を通り越して驚きだった。また、本作によって、日本映画が海外の映画人にどれほど影響をもたらしているのかを改めて理解することができ、日本映画界のこれからへの期待と、微力ながらもその発展に何かしらのかたちで役に立ちたいという気持ちにもなった。本映画祭の締めくくりとしてこれ以上ない作品だったという思いと、来年の映画祭への更なる期待を胸に、劇場をあとにした。

35thTIFF 2022/11/2

作品情報

『生きる LIVING』
原題:Living
監督:オリヴァー・ハーマナス
キャスト:ビル・ナイ、エイミー・ルー・ウッド、アレックス・シャープ
103分/カラー/英語/日本語字幕/2022年/イギリス/東宝株式会社

妄想パンフ

本作は2023年に日本公開予定とのこと。パンフも楽しみです!

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