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【TIFF6日目レポート4】制圧×(不)誠実×平手打ち『アルトマン・メソッド』

文=屋代忠重  

空手の大会で獲得した数々の輝かしいトロフィーを、寂し気に段ボールに片づけていく夫婦。二人はイスラエルで経営していた空手道場を、業績不振で閉じる準備に追われていた。道場を運営していたウリは無職となり、武術インストラクターへの再就職先を探さねばならず、俳優であり歌手でもある妻のノアは、準備中のコンサートの雲行きが怪しくなってきた。ノアは妊娠しており、苦しい生活ながらもささやかな幸せに満ちていた。そんなある日、ウリが自宅マンションで、清掃員になりすましたパレスチナ人の女性テロリストに襲われ、腕を負傷しながらも見事に無力化して制圧してみせたことがニュースで報じられる。そして最後に、ニュースはこの一言で締められる「テロリストは搬送中に死亡しました」

ニュースの影響で道場の経営が持ち直し、夫婦は一気に富裕層の仲間入りを果たす。全てが順調にいっていたと思った矢先、ノアはウリの証言に不審な点があることに気づく。
本当に夫はテロリストを無力化したのか?そもそも彼女はテロリストだったのか?
次々とウリに対する疑惑が浮かび上がり、誇らしげに飾られているトロフィーは、深い影を落とし、かつての輝きを失っている。不安に押しつぶされそうなノアは、コンサートの準備もままならない。真相が明らかになり、精神の限界に達したノアが、友人らとの会食でウリにみせた表情とは!?

夫への些細な疑問から、愛情と疑惑の間を揺れ動く妻の苦悩を描いた、非常にスリリングなサスペンス映画だ。同時に、背景にあるイスラエルにおけるパレスチナ人に対する差別という、根深い社会問題も告発している。ウリが一躍時の人となる事件は、結果的にウリがパレスチナ人を殺害したかたちになる。しかし警察はウリの証言だけを採用し、殺害された清掃員には夫がいたが、彼に対する尋問は暴力的なものであったことがうかがえる。おそらく警察も真相に気付いてはいるが、再捜査する事もなく事件を終結させる気でいるのだ。
報道も「テロリストを無力化した」という表現で、事件を矮小化しようとする。ウリを取り調べした警官は、念のため禊の儀式をするように告げるが、夫婦は禊に向かう途中でキッパーを被り、あたかも儀式に参加したように偽装して、その写真をSNSに投稿している。ウリはおろか、ノアもパレスチナ人の死に、なんの罪悪感も抱いていないのである。あくまで彼女が嘆き苦しんだのは、ウリの不誠実な態度であって、夫が利己的な理由でパレスチナ人を殺害したことではないのだ。一見すると誰もが酷いと感じるかもしれない。しかし外国人に対する差別や偏見、凶悪犯罪の原因を個人の属性に収束させて、自分たちの社会問題から目を背ける傾向は、イスラエルのみならず世界中で起こっている現象だ。この映画は、私たちの誰もが作品の登場人物の様になり得る可能性を実感させられる、そんな恐ろしさを内包しているのだ。

タイトルでもある「アルトマン・メソッド」とは、異なる2つの測定方法の一致性の評価に用いられる「ブランド-アルトマン分析」の別名である。ノアとあなたの測定結果は、どれだけ一致しただろうか。

35thTIFF 2022/10/30

作品情報

監督:ナダヴ・アロノヴィッツ
キャスト:マーヤン・ウェインストック/ニル・バラク/ダナ・レラー
101分/カラー/ヘブライ語/英語・日本語字幕/2022年/イスラエル
予告編はこちら

妄想パンフ

・正方形で表紙はウリが経営する道場のロゴ。イスラエルにおけるパレスチナ人差別の現状を解説するコラムや、もしもの時の護身術を紹介するページなど硬軟織り交ぜた内容。

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