文=浦田行進曲
1976年、チリ。強権政治を敷き独裁者と呼ばれたアウグスト・ピノチェト政権下では、反体制派の人々が多く誘拐され、行方不明となっていた。
裕福な主婦のカルメンは冬のあいだ海沿いの自身の別荘で過ごしていた。別荘の改装作業をしたり、遊びに来た孫たちを迎えたり、目の見えない人たちに教会で朗読したりしていたある日、カルメンは親しい神父から怪我をした若い男の手当てを頼まれる。その男は訳あって病院での治療が受けられないらしく、教会内で密かに匿われていた。カルメンが医者である夫の名前を借りて抗生物質を入手し、こまめに面倒をみた甲斐あって、彼の容体は徐々に回復するしていく。同時にカルメンの静かな生活は少しずつ不穏味を、帯びていく——。
タイトルの『1976』は、監督の祖母が亡くなった年に由来するという。うつ病を患い、自殺であったそうだが、監督自身は祖母に会ったことがなく、母から聞いた話や彼女の遺したオブジェ、ドローイングなどの創作物から想像し、祖母のような女性の視点からチリの歴史を語る本作を作り上げたという。「独裁政権の暗黒時代が、どのような影響を及ぼしたのかを“家庭”から覗き込むような映画にしたかった」という言葉通り、身近な目線から日常に侵食していく恐怖は観客の心をざわざわと不安にさせる。本作で東京国際映画祭の最優秀女優賞を受賞したのも頷ける、主演俳優の表情が終始印象的だ。
映画全体として赤色が象徴的に使われているが、映画冒頭スクリーンに映る、赤に青がゆっくりと混ざるペンキの調色場面が鑑賞後も渦を巻いて心に残った。
35thTIFF 2022/10/30
作品情報
監督:マヌエラ・マルテッリ
キャスト:アリン・クーペンヘイム、ニコラス・セプルベダ、ウーゴ・メディナ
2022年/97分/カラー/スペイン語/英語・日本語字幕/チリ、アルゼンチン、カタール
作品公式サイト
妄想パンフ
綺麗な画作りが印象的だった本作。正方形の可愛らしいパンフのイメージ。
映画のイメージ通り赤地に、水色に大きく『1976』のロゴ。