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【TIFF7日目レポート1】近未来クィアミュージカル『鬼火』

文=小島ともみ

ポルトガルのジョアン・ペドロ・ロドリゲス監督最新作『鬼火』は、彼のフィルモグラフィーを特徴づけてきたテーマを最も挑発的かつ刺激的に描いたミュージカルコメディである。

時は2069年(この数字の意味はおそらく誰もが想像するとおりだろう)、ポルトガルで無冠の王が死の床についている。映画は彼の朦朧とする意識をさかのぼり、若き日の出来事を掘り起こしていく。王族の森を守るために一介の消防士として身を投じた懐かしきも熱く情熱的な日々である。世間知らずで理想主義的なアルフレードは、世話役の先輩消防士アルフォンソに隊員として必要なすべてを手ほどきされ、「護る」という行為が意味するものをたたき込まれていく。そこで自らのなかのある欲望に気がつき、心身を解放していくのだが、王族に生まれた運命が障壁となる。

ポストコロニアリズムを象徴する絵画の前に横たわる王、消防車の模型をその傍らに走らせて遊ぶ孫は、放屁して王の義妹に叱られる。場面は過去に飛び、王子時代のアルフレードは一家の晩餐の席で森林火災のニュースを見て、グレタ・トゥーンベリ氏の国連での有名な演説「How dare you!」の引用を交えながら観客に向かって語りかけるが、王妃たる母親は我々の好奇心に非難の目を向けながら扉を閉めてしまう。タイトルが出るまでのこの冒頭の約20分は、いわば本作をどう観ればよいかのガイダンスである。

もちろん皮肉をきかせたこれらのユーモアのなかには、近年ポルトガルをはじめとする欧州諸国をたびたび襲う大規模な森林火災や、セクシュアリティと人種をめぐる差別、さらには奴隷制を布いていた植民地時代の過去に対する批判の目が含まれている。そのうえで、対象に欲情しなければ護れない、と説くアルフォンソの言葉のとおり、劇中では自然と性と(人種を越える)友情があからさまな形で表現される。火災に見舞われ焼け落ちた木々がまばらに立つ森林でアルフレードとアルフォンソは互いのペニスを愛撫し合う。自然との交感が官能という身体の交感を通じて達成される、本作を最も象徴する場面である。さらに二人は、それぞれの属性が背負う過去を清算するかのような激しい言葉の応酬を経て、心の結びつきも得ていく。

王の秘められた過去は、葬儀の場でかつての仲間たちにより身体を使ったパフォーマンスとしてよみがえり、ある人物の予想もつかない形での来訪をもってしめくくられる。表現としての男性の身体の可能性を自在な形式でみせる本作は、観る者にさまざまな感情を抱かせ、一つの映画的体験として後を引くだろう。

35thTIFF 2022/10/31

作品情報

鬼火
原題:Will-o’-the-Wisp[Fogo-Fátuo] 監督:ジョアン・ペドロ・ロドリゲス
キャスト:マウロ・コスタ、アンドレ・カブラル、ジョエル・ブランコ
67分/カラー/ポルトガル語、英語 英語・日本語字幕/2022年/ポルトガル、フランス
予告編はこちら

妄想パンフ

A4変形、縦長のパンフレット。日本版に特別公開されたポスターに使われている、二人が互いの頭を抱えている場面を使いたい。2011年、2017年、2069年とインデックス付きで場面紹介を。劇中で模倣されている絵画のオリジナルを紹介するページも欲しい。監督へのロングインタビューは是非。

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