文=小島ともみ 妄想パンフイラスト=映女
発電機らしきものの修理に奮闘する父親は態度も口調も横柄で、一見していけ好かない男である。電気も水も断たれた一家は、ろうそくを灯して暮らす。しかし悲壮感はないどころか、爆音が遠くでこだまするなかで14歳の娘は壁に落書きをして楽しんでいる。近未来ディストピアの様相で始まる本作は、勃発から10年以上たった今もなお続く世界最悪の内戦、シリアの現状を少女の目を通じて描いた作品である。本映画祭で公開されている『テルアビブ・ベイルート』と同じく、生まれたときから日常に戦争があり、爆撃や砲撃にさらされる日々のなか育った子どもの目に戦争はどう映っているかを描いてはいるが、空想に耽りがちな少女を軸にする本作は、過酷な現実そのものよりも少女の心象風景を映し、不思議な透明感がある。
空爆で一家の住む部屋の天井や壁に穴があいて風通しのよくなることは、強権的な父たる男のもとで成り立つ家族の解体を示しているともとれるが、そう単純には割り切れないものも感じさせる。母親は、瓦礫を目の前にしてもなお何事もなかったかのように振る舞う現実逃避型の夫を置き去りにし、娘の手を引いて脱出を目指すリアリストにみえて、実は家から一歩出れば方角も分からない。持ち出し袋の中からお気に入りの赤いヒールや毛皮のコートを夫に向けた道しるべとして残す一方で、娘を心配して探しに来た隣家の少年と会うや否や途端に弱音を吐きだすなど、男の庇護下で生きることにすっかり慣れてしまっている。父親も、結局のところ強がれる存在がそばいなければ怖くて生きていけない弱い部分を露呈する。そのありさまを家父長制や有害な男性性の生む弊害といった尺度でジャッジしたところで、イスラム社会の規律や慣習に基づく価値観を十分にはくみ取りきれないだろう。しかしそんな旧態依然の生き方で凝り固まった両親をよそに、少女は空に向けて釣り糸を垂らす。空は全てを破壊し尽くす爆弾を降らす恐怖の源であると同時に、無限の広がりで少女を包み込む。どこかへ行き着く海に自由を求めた母親とは対照的である。
35th TIFF 2022/10/30
作品情報
監督:スダデ・カーダン
キャスト:ハラ・ゼイン、キンダ・アルーシュ
104分/カラー/アラビア語 英語・日本語字幕/2022年/イギリス、シリア、フランス
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妄想パンフ
B5横、空色の表紙に、主人公の少女ゼイナの住む部屋の天井にあいた穴をあらわすくりぬきパンフ。穴からはベッドに寝そべって空を見上げるゼイナの姿。シリア内戦をコンパクトにまとめた読み物、また戦争が子どもに与える影響を専門家の立場で説くコラムも。