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【TIFF5日目レポート3】映像美で綴る終わりなき独裁の詩『フェアリーテール』

文=小島ともみ

ロシアの巨匠アレクサンドル・ソクーロフ監督の新作『フェアリーテール』は、アドルフ・ヒトラー、ベニート・ムッソリーニ、ヨシフ・スターリンなど20世紀の独裁者たちをアーカイブ映像とディープフェイク技術を駆使して蘇らせ、仮想の煉獄世界で彷徨わせる“寸劇”である。その世界は廃墟や瓦礫、枯木からなる荒れ地で、独裁者たちは思いつくままに不平や不満を口にし、時に言葉を交わすが、会話は堂々めぐりで、互いに揚げ足を取り、あざ笑いながら天国への道を探す。そんな彼らの姿をイエス・キリストが寝たきりのベッドから苦しげに見つめている。時折ウィンストン・チャーチルが茶目っ気たっぷりに顔をのぞかせる。かつての枢軸国と同盟国、過去が幾重にも重なって増殖し、独裁者たちが吐く自己陶酔と後悔の言葉が不気味にこだまする。ただし後悔と言っても、誰ひとり過去の行為を悔いあらためたりはしない。むしろ「パリを燃やさなかったこと」や「ロンドンを破壊し尽くさなかったこと」など、己の力を誇示しきれなかったことを嘆いているのである。

『モレク神』(1999)でヒトラーを、『牡牛座 レーニンの肖像』(2020)でレーニンを、『太陽』(2005)で昭和天皇を描き、ゲーテの「ファウスト」を独自の解釈で映像化した『ファウスト』(2011)を含むいわゆる「権力の4部作」からは、ソクーロフの独裁者あるいは権力を持つ者への並々ならぬ興味が感じられる。本作はそんな彼の愛し/憎む独裁者たちが一堂に会するのだ。一体どんな展開になるだろうと膨らんだ期待は、しかしある意味で裏切られることになる。彼らの言葉に独裁者の哲学はなく、洞察に満ちているわけでもない。陰鬱に天国のドアを叩き、全能の神から「もうすぐ門が開くが、今はだめだ」と締め出しを食らい、何故かすでに天国にいるナポレオンのしたり顔をみて狼狽する。その滑稽ともいえる姿に、独裁は引き返し不可能な終わりのない旅なのだと恐ろしくもなってくる。さらに恐怖を煽るのが、人影が織りなす津波である。みな一様に手を伸ばし、泣き、うめきながら独裁者たちの足元で蠢く。顔や体の輪郭がぼやけて認識できない個体の集まりは、独裁者たちの犠牲者なのか、信奉者なのか。いずれにしてもこの群れなくして独裁者たちは生まれず、彼らにとっての存在理由であることに間違いはない。

これといった物語はなく、技術をこじらせた映像のようにもみえてしまう本作だが、終始、不吉な美しさが漂い続ける。独裁者と虚無という取り合わせが生む形容しがたい奇っ怪な感覚に見舞われる78分は、実際のところその数倍にも感じられる。これぞまさに煉獄である。

35thTIFF 2022/10/29

作品情報

監督:アレクサンドル・ソクーロフ
キャスト:イゴール・グロモフ、ヴァフタング・ クチャヴァ
78分/カラー&モノクロ/ジョージア語、イタリア語、フランス語、ドイツ語、英語/英語・日本語字幕/2022年/ロシア、ベルギー
予告編はこちら

妄想パンフ

A5、縦。人の姿が重なるモノクロのうねりの海の中に、4人の権力者たちの顔が浮かぶイメージ。「4部作」を振り返りつつ、ソクーロフと権力についての考察をみっちり載せる読みパンフに。

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