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【TIFF4日目レポート1】シンプルな、人への思いやり『This Is What I Remember(英題)』

文=鈴木隆子

舞台はキルギス。正式名称は「キルギス共和国」で、ユーラシア大陸のほぼ中央に位置するその国は、ソビエト連邦の崩壊に伴い独立。カザフスタン、ウズベキスタン、タジキスタン、中国の新疆ウイグル自治区に囲まれた山岳の国だ。出稼ぎに行ったロシアで事故にあい記憶をなくし、23年振りに故郷のキルギスへ戻った男・ザールクが、自分の消息を突き止めた息子クバドとともに、大きな川に掛かった吊橋を渡り村に帰郷するシーンから物語の幕が開ける。

『あの娘と自転車に乗って』(1998)や『馬を放つ』(2017)などで日本でも知られる、キルギスを代表する映画監督であるアクタン・アリム・クバト。本作は、監督がインターネットで読んだという実話を出発点に、記憶をなくした男とその家族との交流、村の人々との関係性や女性の地位、生活と宗教(キルギス国民の4分の3がイスラム教徒である)、環境問題など、キルギスにおける社会状況を反映している。

実際にロシアへ出稼ぎに出るキルギス人は多く、長年、中央アジアから何十万人も出向いているそうだ(しかしロシアのウクライナ侵攻によってルーブルの価値が低下し経済成長率も落ち込んでいることから、出稼ぎ労働者にとっても今の状況はかなり厳しい模様)。キルギスの人たちにとって「出稼ぎ」は身近なことではあるが、出稼ぎに行く人が多い分、寂しい思いを抱えながらも忍耐強く留守を守る人も多いということだ。お互いその思いを経験しているから、村の人々はザールクが記憶喪失の状態でもいつもと変わらず優しく迎え入れたのだろうし、帰ってきたからといってめでたしめでたしではない状況でも、クバドはなんとかして一緒に生活できるよう心を遣い、その思いは最終的に妻にも通じることとなる。

記憶を失っているザールクは「まっさら」な状態であるがゆえに、人々が彼にどう接するかによって、その人の本来の人間性が浮かび上がってくるようだった。終始ザールクの表情は険しく何も言葉を発しないのだが、村人たちは昔と同じように酒を飲みに誘い家に泊まらせたり(誘った本人は酒で記憶を飛ばし、その後トラブルが起きてしまうのだが…)、ザールクの身体を気遣ってはちみつを差し入れたり、孫娘は急なおじいちゃんの登場にも臆することなく、家族と変わらない接し方をする。

ザールクが村の住人であったことは誰もが知っていることではあるが、23年も消息が不明だった彼のことは多くの人が亡くなっていると思っており、小さなコミュニティに突然やってきた来訪者ともとれる。キルギスの村の中での話であるが、彼の家族や村人たちの行動を今の私たちの生活に置き換えると、多様な人々のことを知り理解をする努力や、寛容さを持つことへの意味を改めて考えさせられる。コロナ以降、周囲の人たちとのコミュニケーションが希薄になってしまっている今だからこそより、人と人との繋がりがもつ温かさを感じることができる作品だった。

35thTIFF 2022/10/28

作品情報

原題:Esimde
監督:アクタン・アリム・クバト
キャスト:アクタン・アリム・クバト、ミルラン・アブディカリコフ、タアライカン・アバゾバ
105分/カラー/キルギス語、アラビア語/英語・日本語字幕/2022年/キルギス、日本、オランダ、フランス
予告編はこちら

妄想パンフ

A4サイズ、縦の判型。
表紙は、ザールクとウムスナイが若いころよく一緒に散歩していたという木立の風景の写真に、原題『Esimde』を右下に配置する。
クバトの一家がご近所さんにごちそうを振る舞うシーンに出てきた、部屋の大きさぐらいの布の上に敷き詰められた様々なお菓子を一種類ずつ解説するページをつくりたい。

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