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【TIFF3日目レポート1】なんでも欲張ったらダメ『カイマック』

文=鈴木隆子 妄想パンフイラスト=映女

舞台は東ヨーロッパのバルカン半島南部に位置する、北マケドニアの首都スコピエ。近代的なデザイナーズマンションに住む若く裕福な夫婦と、すぐ隣に建つ屋根瓦が何度も継ぎ足され老朽化した民家に住む中年夫婦。家の中では建物の外観だけではわからない、それぞれが抱える欲望や悩み、隠し事がたくさん存在している。それは映画の中だけの話ではなく、今自分が住んでいる家のすぐ隣で、もしくは自分の家の中でも……家や部屋の数だけその中で、様々な思いや出来事が渦巻いているのではなかろうか。

初の長編劇映画『ビフォア・ザ・レイン』(1994)でベネチア国際映画祭金獅子賞を受賞し、同年のアカデミー賞外国語映画賞のノミネートも果たしたミルチョ・マンチェフスキ監督の最新作は、二組の夫婦と、彼らとそれぞれに深い関係になる人々が絡み合う群像劇に、格差社会や性の多様化を始めとした現代社会を反映する事柄を各所に散りばめたブラック・コメディだ。

子どもを望んでいる夫を持つ妊娠したくない妻エヴァは、ちょっとありえない形で夫の希望を叶える。何でもお金で解決するエヴァはよくマンションの部屋の窓から外を見下ろしているのだが、その様子は常に周りの人々を無意識に見下している生活態度とリンクする。

セックスレスの中年夫婦カランバとダンチェは、突如として現れたある人物により、普通だったら修羅場になるところを鮮やかに通り越して、誰も想像し得なかった新しい関係を三人で築いていく。

みんなそれぞれ悩みや不平不満を抱えながらも、その中に幸せな時間も確かに存在していて、なぜその幸せなままでいられないのだろうと考える。

「カイマック」とは、トルコやバルカン半島でよく食べられるクリーム状の乳製品のこと。素材の鮮度が重要で作るのにも手間暇かかる分、その美味しさは格別だそうで、劇中でカイマックを頬張る登場人物たちの表情を見れば、もうそれ以上の言葉はいらない。
また、監督曰く「人生の一番おいしいところを自分のものにしようとする人々の意味もある」とのことで、エヴァが子どもを手に入れたときなんてまさにそうだし、「幸せ」をキープできないのは、更においしいところを独り占めしようとするからなのか? とも思えてくる。

今よりももっと良くなりたいと願うのは悪いことではないが、欲張りすぎるとどうなるかということも、この作品は教えてくれる。自分が望む「幸せ」が実現していなければ不幸せなのかというと、そうではないと思う。特に幸せではないけれどうまくやってるよ、ぐらいのテンションでいることが、実は一番心穏やかに過ごせるのかもしれない。

35thTIFF 2022/10/27

作品情報

原題:Kaymak
監督:ミルチョ・マンチェフスキ
キャスト:サラ・クリモスカ、カムカ・トチノヴスキー、アレクサンデル・ミキッチ
106分/カラー/マケドニア語/英語・日本語字幕/2022年/北マケドニア、デンマーク、オランダ、クロアチア
予告編はこちら

妄想パンフ

正方形の判型に、表紙・裏表紙いっぱいに「カイマック」の写真を。文字要素は一切なし。
カイマックのレシピは絶対入れたい!

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