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【TIFF2日目レポート4】当事者自身が紡ぐ物語の力に圧倒される『私たちの場所』

文=小島ともみ

ライラとローシュニは都会に暮らすトランスジェンダー。ライラは新居に越した夜、男に押し入られそうになり、ひと晩中怖い思いをする。翌朝、ローシュニとともに不動産屋に抗議をするものの、冷たくあしらわれた上に部屋を追い出されてしまう。二人は安全に暮らせる家を探すのだが、性的マイノリティに対する差別と不寛容が立ち塞がり、なかなかうまくいかない。そんな矢先、ローシュニの身に大変な出来事が起こる。

監督は、個人名を出さずに活動する創作集団エクタラ・コレクティブ。さまざまな背景を背負った人からなるメンバーには、低いカーストや労働者階級など社会の底辺に位置させられている人、性的マイノリティもいる。脚本と撮影監督を務めたマーヒーン・ミルザーさん曰く、しばしば「当事者」としてとりわけメッセージ性の強い芸術形態で題材にはされるものの、そうした作品が必ずしも自分たちの声を十分に拾い上げているとは限らないし、蚊帳の外で物事が進む場合もある。自分たちの物語は自分たちで語りたい。そんな思いから、文字を読むことができない人にも分かってもらえ、重層的な表現の可能な映画でメッセージを発信することにしたのだという。トランスジェンダーを描こうと決めたきっかけは、コロナ禍でのロックダウンだったそうだ。多くの死者をだしたインドのロックダウンは大変に厳しく、就ける仕事が限られるトランスジェンダーたちは日々の食べ物にも事欠くほどに困窮し、住む場所にも困る状況に陥る人たちもいたという。そのなかで今回主役を務めた二人に出会い、3、4ヶ月かけて脚本を練り上げていったそうだ。二人と一緒に『タンジェリン』(2015)などトランスジェンダーや性的マイノリティを扱った映画を観ながら、「あんなことはしたくない」「こんなふうには言わない」と事細かに作り上げていったという「ライラ」と「ローシュニ」は、それぞれが語るべき物語を持つキャラクターとして完璧に設計されている。二人とまっとうな関係を結ぶ数少ない人たちは、社会に蔓延る偏見をなくして意識を変革するためのロールモデルのようにもみえる。映画で描かれる二人への不当で残酷な扱いには怒りをおぼえさせられるが、それだけではなく、ふとした瞬間に発される台詞のひとつがドキリとさせる問題提起にもなっており、キャラクターから脚本まで、その精緻な作り込みは見事というほかない。歌が重要な意味を持つインド映画の例に漏れず、本作もエンドロールで流れる歌が二人の心情をストレートかつ詩的な言葉で代弁する。作品に込められた思いと調和し、物語を深く響かせる美しさと力強さに心を揺さぶられるだろう。

この夏、ムンバイを訪れた。渋滞や信号で車がとまると、車間を縫うようにして花や野菜などの物を売る人、バクシーシ(喜捨)を求める人が窓を叩きにやって来る。そのなかにはトランスジェンダーらしき人の姿を何度も見かけた。エアコンの効いた車内と炎天下の外のあいだには物理的な壁以上の線引きがあり、社会に居場所のある人たちに巣くう偏見と抵抗の象徴にも感じられた。この境界線をなくすのは容易ではないだろうが、だからこそ、本作のような物語が編まれることの意義がある。

35thTIFF 2022/10/26

作品情報

監督:エクタラ・コレクティブ
キャスト:マニーシャー・ソーニー、ムスカーン、アーカーシュ・ジャムラー
91分/カラー/ヒンディー語 英語・日本語字幕/2022年/インド

妄想パンフ

白の正方形。中央に、運転手も含めて二人になくてはならないトゥクトゥクを。その屋根の上に、根なし草でも力強く生きる二人の姿の象徴として、劇中に登場する黄色いバケツに入った観葉植物が踊る。執筆者のひとりに、オードリー・タンさんを。トランスジェンダーとして、また貧困問題と社会変革への取り組みについて強いメッセージをいただきたい。

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