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【TIFF1日目レポート3】愛情表現と怒りの現場不在証明『窓辺にて』

注:ここでは映画のネタバレに触れています。
文=屋代忠重

世間では心を亡くすと書いて「忙」と読むなどとよく言われる。オードリーの若林正恭は著書『社会人大学人見知り学部 卒業見込』で「ネガティブを潰すのはポジティブではない。没頭だ」と書いている。同じことを言っているはずなのに、それぞれ受け取り方はまるで正反対である。しかし両方に共通してるのは、どちらも“何かを手放す”という行為であって、それをポジティブと捉えるか、ネガティブと受け取るかはその人次第なのである。
本作『窓辺にて』は登場人物たちが、その悩める人間関係の中で、各人がそれぞれの“手放す”ということをどうポジティブに受け止めていくかという物語だ。

妻の浮気に気付きながら怒りがわかなかったことにショックを受ける主人公の市川茂巳とその妻、紗衣。その対比として描かれている、現役引退を考えるアスリートの有坂正嗣は、タレントの藤沢なつと不倫関係にあり、彼の妻のゆきのもまた、それに気づいている。どちらの夫婦も、嫉妬の有無に違いこそあれ、不倫という世間的な後ろめたさに尻込みして、自分がどう感じてるのかではなく、相手がどうしたいかに選択を委ねようとする。今泉作品ではおなじみの、少ないカット割りと長回しによる、主体性のない人間たちの会話と間が織りなす、とにかく気まずい空気感が冴え渡る。パフェがフランス語で完璧を意味するparfait(英:perfect)が語源だなんて四方山話を多く混ぜながら、人間関係の基本である信頼とそこから生まれる失望と嫉妬や怒り、果ては憎悪。それに対して無関心でいることを、SNSが浸透して憎悪の徒と化した不特定多数による、匿名希望の新興暴力が蔓延る現代性に絡めて語り合うといった硬軟、緩急の演出の妙は監督や俳優たちの高い技量がなせる業だ。

物語は茂巳と正嗣の夫婦が軸となり、そこに唯一主体性を持って関係性を変化させていく久保留亜と水木のカップル、留亜の伯父のカワナベや紗衣の不倫相手の荒川(この二人の名前にピンとくる人も多いだろう)が、“手放す”=失うということを、再構築や安らぎ、過去という痛みへの変化として描かれる。タクシー運転手の“おもしろのタッちゃん”は言っていた。「時は金なりっていうだろ?パチンコはその両方を同時に失うんだから贅沢なんだよ」と。その境地にたどり着くには相当な修練が必要だし、失うどころか笑っちゃうくらい勝つ人もいるが、たとえ手放したことが今はネガティブなものだったとしても、きっといつかはポジティブなものへと変わっていくことだろう。劇中で受け継がれていく石がそれを象徴している。苔のむす暇もなく水の流れに翻弄され、その痛みに耐えながらも、いつかは丸くなって優しく受け止められる日が来るだろうと。その時はきっと窓辺から光が差し込んでくる。たとえ完璧でなくても。だから最後のパフェは、今は一人前で十分なのだ。

※まったくの余談だが、久保留亜の著書「田端駅周辺にて」は、私が以前に田端駅周辺に住んでいたこともあって、とても読みたい作品である。

35thTIFF 2022/10/25

作品情報

監督:今泉力哉
キャスト:稲垣吾郎/中村ゆり/玉城ティナ
143分/カラー/日本語 英語字幕/2022年/日本/東京テアトル株式会社
予告編はこちら

妄想パンフ

本作は11/4全国劇場にて公開予定!
ぜひ実際のパンフを入手して欲しい!

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