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【TIFF1日目レポート1】因習の呪縛断ち切る超自然的エンパワメント『ザ・ウォーター』

文=小島ともみ 妄想パンフイラスト=映女

スペイン南東部の小さな村。過去に幾度も氾濫を繰り返してきた川に嵐が迫り、村の女たちの口からはある古い俗信が警告のように語られる。「水を内に秘めて生まれた女」は、新たな洪水のたびに姿を消す運命にあるのだという。地元の若者たちは行き場のない閉塞感と退屈さを、タバコを吸い、酒を飲み、踊ってやり過ごそうとしている。嵐の予兆漂う雰囲気のなか、死の臭いのするこの村からの脱出を夢見るアナとホセは、ひと夏の恋に足を踏み出していく。

エレナ・ロペス・リエラ監督の初長編となる本作は、監督の生まれ故郷を舞台に、祖母や村の女性たちから実際に聞いたという伝承を下敷きにしながら、思春期の少女が一人の女性へと変貌を遂げる過程を描く。主人公アナの家には恒常的な男性の姿はなく、母と祖母からなる女系家族である一方、彼女と恋仲になるホセは、傍らに父とその農園で働く男たちだけしかいない男系家族だ。そこに表立った分断や対立はみえないが、ホセの父親はアナと付き合うことに何故か反対している。友人たちも「彼女は小悪魔だ」という。実はこの「小悪魔」は、男をもてあそぶ蠱惑的な女という意味よりむしろ言葉そのものの意味に近い。そのことは、アナの一家が背負う宿命とともに、ドキュメンタリータッチで差し挟まれる村の女たちが語る水域をめぐる不穏な神話で浮かび上がってくる。マジックリアリズムの色彩強い不思議な作品である。

同じ「水」でも、全ての終着点にして始点にもなるイメージの海と違い、川は時に荒々しく強引に現状を変えてしまう。身体に傷を負うことも、危険に足を踏み入れることも怖がらないアナがたったひとつ恐れるのは、毎日同じ道を通ること、つまり同じ場所に留まることだ。もう、川の水に魅入られるのは避けようのない定めである。しかしそこからの、村の女たちが呪いめかして語る川の伝説が、実はアナにとっては待ち望んでいた人生を変える転機になるという展開の、なんと力強いことか。見え透いた作り話で虚勢を張ってアナの気を引きたいホセ君にはお気の毒だが、神話の後ろ盾を得た彼女が男の法則に呑み込まれるわけがない。映画は、若者を結びつけ村に引き留めるある種の祝祭(レイヴパーティー)で始まり、祝祭で終わる。無邪気に跳びはねていた少女は祝祭の輪から飛び出し、洪水となって抑圧を押し流していくのだ。

監督は故郷であるこの地の、埃っぽいノスタルジーの混ざる美しさを捉えると同時に、退屈で、自然の脅威になすすべもなく蹂躙されるしかない、弱くネガティブな面も表出させる。自分が育った土地の悪い部分を描くのは気が重いことかもしれないけれど、一人の少女の身体を通して、古い因習のサイクルを断ち切ろうとする試みのなかには、依然として故郷へ向けたやさしいまなざしも感じられる。それは、恵みであり災いでもある水への愛憎を宿すアナの瞳とも重なるようである。

35thTIFF 2022/10/25

作品情報

監督:エレナ・ロペス・リエラ
キャスト:ルナ・パミエス、バルバラ・レニー、ニエベ・デ・メディナ
原題:El Agua
予告編はこちら
105分/カラー/スペイン語 英語・日本語字幕/2022年/スペイン・スイス・フランス

妄想パンフ

小柄なアナの身体をイメージして小ぶりのA6サイズ、縦。表紙は清らかな水色、中央に力強く白で、あえて原語のタイトル「El Agua」を。音楽が印象的な本作、SpotifyのプレイリストをQRコードで示したい。

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