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【PATU REVIEW】ノスタルジーを乗り越えて『アザー・ミュージック』

文=鈴木隆子 イラスト=喜田なつみ

あそこのCDショップに行けば何かしら新しい発見があるだろう、自分好みのミュージシャンが見つかるだろう、という、音楽に関して全幅の信頼を寄せていた行きつけの店があったな、という人は私だけではないはずだ。現在はほとんどの店が、時代の変化による顧客のニーズに合わせて業態を変えていたり、残念ながら閉店してしまっていたりなど、昔のままの姿で存在している店はほんのわずかだ。

世界中の音楽ファンがレコードを求めてわざわざ足を運んでいたという、ニューヨークのイースト・ヴィレッジに構えていたレコードショップ「OTHER MUSIC」も、私は訪れたことはないが多くの人にとって前述したような店のひとつで、世界規模で音楽ファンの心の支えになっていた。しかし時代の波を受け、21年間の営業を経て惜しまれながら2016年5月に閉店。当時そのニュースを聞きつけた、店のスタッフと客として知り合い、現在は夫婦となったドキュメンタリー作家コンビの、プロマ・バスーとロブ・ハッチ=ミラーは、この店の歴史を辿るドキュメンタリー映画『アザー・ミュージック』の制作に乗り出した。

「OTHER MUSIC」はワンフロアのみですごく広い店というわけではなく、各地に店舗展開をしているわけでもない。また、店で扱っている商品の中には他の店でも買えるものもある。ではなぜ、みんなわざわざこの店に訪れるのか。それにはもちろん理由があった。

昔アルバイトをしていたレンタルビデオ屋で知り合ったジョシュとクリスがこの店を立ち上げ、幅広いジャンルに精通した一癖も二癖もある名物店員たちが徐々に集まってきた。(そんな彼らでも入店当初は、店で扱っているジャンルとアーティストの多さ、そしてそれらはほとんど自分が知らないものだったということに愕然としたという)そして、そんな店員たちのセレクトやレコメンドに音楽の世界を広げてもらったというお客がどんどん増えていったのだ。また、店はインディーズの音楽を広める場としても一役買っていた。
SNSもインターネットもない時代に、お客自ら「OTHER MUSIC」を体感し、その評判が口コミで広がり、何年もかけて店とお客との絶対的な信頼が築かれたのだ。だから、何を買うにもこの店で買いたいのだと、ハリウッド俳優、著名なミュージシャン、ジャーナリストから店のご近所さんまで、肩書は関係なく音楽が好きでたまらない人たちが日々通い、肩を寄せ合ってレコードをdig ディグ り、店員との会話に勤しむ。音楽好きからするとそれは、今世界で一番幸せな場所はここ、といっても過言ではない光景だ。

私は高校生の頃、学校が渋谷に近かったこともあり、タワーレコード、WAVE、HMVの御三家に大変お世話になった思い出がある。いずれも有名大型店だが、ヒットチャート以外にも、店員が独自にセレクトした音源が入った試聴機がそこかしこに配置されていた。店員の手書きのポップとCDジャケットの情報だけを頼りに視聴を重ね、沢山の素晴らしい音楽に出会うことができた。また、夏の野外フェスシーズンともなれば、試聴機コーナーに出演アーティストの音源を沢山揃えてくれていたので、そこでフェスの予習ができちゃうなんてこともあったのだ。
更にそこから少し足を延ばして下北沢に行くと、「HIGH LINE RECORDS」というインディーズ専門のCDショップがあった(2008年7月15日閉店)。バンドマンたちがカセットテープを持ち込み自分たちで値段を決め、コメントカードを書いて売るという試みをしていて、「BUMP OF CHIKEN」などを輩出したというのは有名な話。またその流れを汲んで、下北沢のライブハウスにお客が集まるきっかけにもなっていた。(ちなみに上の階には音楽専門チャンネル「スペースシャワーTV」がプロデュースするカフェがあった)

そして2022年現在。渋谷のタワーレコードは、店そのものは健在だが、自分がかつて足繁く通った2階の邦楽フロアはカフェとポップアップショップとイベントスペースに改装され(現在、邦楽フロアは3階にある)、センター街にあったHMVは20年の歴史に幕を下ろした後IKEAになり、WAVEは2019年に渋谷パルコのリニューアルオープンとともに再スタートしたが現在は閉店し、商品はオンラインショップで販売している。

数々の店で体験した、楽しかった思い出に浸るのもいいものだけれど、そうしている間にも新しい音楽は作られるし、素晴らしいミュージシャンもどんどん誕生している。
そんな曲やミュージシャンを、ネットや音楽ストリーミングサービスで検索すれば大体ヒットするし、曲だけでなくミュージックビデオまで観られることも増えてきた。音楽に出会う速度と量が圧倒的に増えたのは、悪いことではない。
しかし、レコードやCD、カセットテープのパッケージを開け、CDデッキやコンポにセットし再生ボタンを押す、もしくはレコードの針を落とし、音が出るまでのあのなんともいえない緊張感を何度も経験していると、やっぱりあの作業が恋しくなってしまうのだ。

『アザー・ミュージック』を観て、「こういう音楽との出会い方があるのか」「こんなふうに買っていたのか」という、お気に入りの音楽を手に入れるまでの一連の流れを知ってもらえたら嬉しいし、「羨ましいなぁ」「やってみたいなぁ」と思ってもらえたら、もっと嬉しい。

まだまだ街には、CDショップやレコードショップが沢山あるし、ここにきてカセットテープの人気に火が点いている。いつも通り過ぎていた店に、ちょっと勇気を出して入り中をぐるっと一周してみて、店員の力のこもった手書きのレビューを読み、顔も名前も知らない、店のおすすめアーティストの曲に耳を傾けてみる、というのにチャレンジしてみてはどうだろう? あなたの「やってみてよかった」という声が聞けることを待っている。

作品情報

監督・製作:プロマ・バスー、ロブ・ハッチ=ミラー
編集:グレッグ・キング、エイミー・スコット
撮影:ロブ・ハッチ=ミラー、プロマ・パスー、マイク・ロセッティ
アニメーション:マルコム・リズート、スペンサー・ガリソン
音楽監督:ドーン・サッター・マデル/アゴラフォン
音楽監修:ティファニー・アンダース
プロデューサー:デレク・イップ、エメット・ジェームズ


出演:クリス・ヴァンダルー、ジョシュ・マデル、トゥンデ・アデビンペ(TV オン・ザ・レディオ)、ジェイソン・シュワルツマン、JD サムソン (ル・ディグラ)、マット・バーニンガー(ザ・ナショナル)、レジーナ・スペクター、マーティン・ゴア(デペッシュ・モード)、ベニチオ・デル・トロ、オノ・ヨーコ、アニマル・コレクティブ、ニュートラル・ミルク・ホテル、ヴァンパイア・ウィークエンド

作品公式サイト

2019/85分/アメリカ/原題:Other Music/日本語字幕:高橋文子/字幕監修:松永良平/配給:グッチーズ・フリースクール

パンフ情報

【奥付情報】
発行:
Gucchi’s Free School
Gucchi’s Publishing Department
全148ページ
1800円(税込)
詳細はこちら

関連書籍情報

「ムービーマヨネーズ」創刊号 青春映画特集
発行:
Gucchi’s Free School
Gucchi’s Publishing Department
2016年9月18日 第一刷発行

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